富士山

 晴れてると、遠くがよく見える。

 冬は富士山が白く見える。

 これが、富士山って感じ。


 冬は、よりくっきりと山の輪郭が見える。

 神奈川県の山々の隙間から見える富士山。

 私は生まれてからずっと、この富士山を見てきた。


 各場所から見える富士山は、それぞれ違った顔を見せると聞いたことがある。

 だから、私の家から見える富士山は、私にだけ見せる顔だ。

 綺麗な顔。


 この景色を誰かと見れたら素敵なんだろうな。

 そんな相手は誰もいないけれども。



 富士見坂という坂の上に、私の家はある。

 坂の上には、私の家だけがあるのだ。


 ここから坂を降りて通学をしたり、買い物に行ったりする。

 なんでこんな不便な所に家が建ってるかって。

 何故かというと、私の家は神社なんだ。

 私は、その家の子供。


 この地区に住んでる人は、この神社にお参りに来るんだよね。

 行事がある時は、人がいっぱいいる。

 初詣の時とか、人がいっぱいで、私も巫女さんの手伝いなんかをしたりする。


 初詣って、なんだか昨日のことのようだけど、もう二月も終わるんだよなー……。



 そんなことを思いながら、境内の掃除をしながら富士山を眺めていると、圭介けいすけが神社まで上がってきたようだった。


 日曜日なのに、神社になんの用だろう?

 私は、圭介に声をかけてみる。


「圭介どうしたの? ‌二月に初詣?」

「そんなのもう終わってるよ」


 苦笑いしながら答える圭介。

 私の鉄板神社ギャグだったんだけどな……。

 付き合い悪いなー。


「まぁ、そうかもだけど。圭介って、うちに初詣来てないじゃん」

「そうだっけ? ‌美樹が、巫女やってるなら来たけどな」


 ……私が巫女やってたこと、知らないんだ。

 ……圭介、本当に来てないんだな。



「……私、やってたよ。巫女」


 圭介は、眉を上げて驚いた顔をしていた。


「そうなの? ‌じゃあ、またやってよ。いつでも来るよ!」

「やだよ。大晦日と新年限定なの」


 圭介は、「ちえっ」と言って、神社の奥へと向かった。

 なにか、お願いごとでもあるのかな?


「圭介は、今日は何しに来たの?」

「……合格祈願だよ」


 少し恥ずかしそうに、そっぽを向く圭介。


「いつもは、神頼みなんてしないって言ってるのにね」

「……いいだろ。最後は神頼みも必要なんだよ」


 受験って、大変だもんね。

 圭介が、いつも塾で遅くまで勉強してるのは、知ってる。

 成績悪いながら、一生懸命やってるのを私は知ってる。


「それで、うちに来てくれたんだね。うちは、とってもご利益あるよ」

「それなら良かった。俺の泣け無しのお小遣いから、賽銭持ってきたぜ」


 圭介は、中学生にしては大金の五千円を持っていた。


「おぉ、すごーい。圭介、本気だね!」

「当たり前だろ。絶対合格したいんだよ」


「頑張れ、頑張れ。応援してるよ! ‌合格したら、私と一緒の高校だね」

「おう!」


 圭介は、やっぱり顔を逸らす。


「俺、絶対合格したいんだ」


 何かあらたまってる、圭介。

 そんなに、高校が好きなんだね。


「圭介なら、大丈夫だよ。私も保証するよ!」

「おう!」


 二月の冷たい空気が、段々と和らいでいる気もする。

 もうすぐ春が来るかな。



「そうだ、圭介、富士山見てよ。綺麗でしょ。私、ここから見る富士山、好きなんだ!」

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