漱石
中学校の教室にはいろんな人がいる。
大人になる前に、個性が育っているのだと思う。
いつも小説を読んでいる男の子。
名前は、橋田。
窓際の一番後ろの席に座っている。
アニメだったら、主人公席って呼ばれる席だ。
そんな席だけれども、実際の世界で座っているのは主人公ばかりではない。
席替えなんて月に一回程度あったりするわけで。
毎回毎回、主人公が居座り続けるなんていう都合の良いことは起きたりしない。
たまには、地味な男の子が座るときもある。
今回の席替えで座ったのは、橋田だったというだけ。
橋田が悪いわけでもない。
席替えという習慣が悪いわけでもない。
現実は、こういうものというだけ。
どちらかと言えば、アニメのご都合主義が悪いのかもしれない。
主人公席の前の席は、ヒロイン席だと思っている。
ヒロインが主人公にちょっかいをかける席。
主人公とヒロインの二人だけの世界ができる席。
それがヒロイン席。
そんな席にも、ヒロインが毎回座るわけじゃない。
ただギャルが座ることもあるわけで。
今回の席替えで、ヒロイン席に座ることになったのは、私。
前田です。
クラスの明るい子たちは、場所にこだわらずに友達と近いかどうかで盛り上がっているようだった。
私の友達達は、教室の入り口側の席になったようだった。
残念だな。
これは、一か月間我慢だ。
授業に集中できると思えばいいよね。
学生の本文は学問なわけだし。
「前田さん、一か月間、よろしくお願いします」後ろから声が聞こえた。
私はすごく驚いていた。
橋田が話しかけてきた。
橋田って、別にコミュニケーションができないってわけじゃないんだ。
むしろ、私になんか声をかけてきている時点で、コミュ力は高めな気がする。
「よろしく、橋田。次の席替えまでの一カ月間仲良くしてね」
私が振り向いてそういうと、橋田は本を読んでいるようだった。
あれ? 本から目を離さずに、挨拶したっていうこと?
「よろしくお願いします」
橋田はニコニコと挨拶はするけれども、橋田ってやっぱり変だな。
前言撤回。
コミュ力はおそらくないだろう。
私みたいなギャルに女子の魅力は無いだろうけれども、せめて人に接するときは本から目を離して欲しかったな。
そんなに面白い小説でも読んでいるのだろうか?
「あの、橋田君、何読んでいるの?」
橋田君の眼鏡越しに見える目は、本から目を離さなかった。
「今読んでいるのは、漱石です」
「夏目漱石?「」へえ。なんだか渋いね」
「とっても面白いですよ」
「そうなんだ」
気になったので、聞いてみる。
「人と話すときにも、本から目を離さないんだね」
「はい。僕は、人よりも本の方が好きなので。ごめんなさい」
なんだか、良くわらかないけれども、フラれた気分を味わえたよ。
そんな橋田と、一ヶ月過ごすのか。
これだけ、あからさまな態度を見せられると、ちょっとだけ、深入りしたくなっちゃうな。
ちょっと、からかってみようかな。
好きな人とか、タイプとかを聞けばボロが出るんだよ、こういうの。
さすがに本好きと言っても、年頃の男の子だもんね。
そんな私の心の声を読み取ったのか、橋田に先手を取られた。
相変わらず本から目を上げずに言ってくる。
「僕は女子よりも、漱石の方が好きです!」
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