バレンタインデーイブ

 私は、何事も入念に練習しておいた方が良いと、常日頃思っているのです。

 今まで、本番に緊張しちゃって、何もできないことが多かったから。


 練習でできないことは、本番でもできない。

 そう言われているのです。

 なので、バレンタインデーイブには、チョコを渡す練習をするのです。



 チョコ作りも練習でやってみたんだ。

 今日のは、意外とうまくいったと思う。

 これでも、何回もやり直しをしてるんだけどね。


 これで、明日の本番は、チョコ作りはばっちり。

 むしろ、今日作ってしまった予備もあるから、何が起こっても平気なの。

 何事も準備が大事だからね。



 朝学校に着くと、教室に入る前に体育館裏へと行く。

 ここが私が告白する場所だ。


 ……よし、言ってみよう。



「……あの、これ受け取ってください!」



 両手を差し出して、先輩の胸元へと持っていく。



 もちろん、私の前には誰もいない。

 あるのは、爽やかな朝の日差しに照らされた樹木だけ。

 木目が人の顔には見えなくもないが。

 そこまで見えてしまったら、私は相当危ないヤツだって思っちゃうよ。

 大丈夫。これはただの木だから。



 うん。

 私は、これを言えればいいだけ。

 イメージトレーニングはバッチリ。


 後は、先輩が目の前にいれば良いだけだね。

 憧れの先輩。


 チョコをもらった時、どんな反応するのかな。

 ちょっと恥ずかしいな。


 そういえば、チョコを渡した後のイメージができないな。

 この先のイメトレができないや……。


 うーん。どうしようかな……。

 私は悩みながら、教室へと移動した。



 ◇



 今日で、練習を済ませておきたいけれども。

 もしも実際に、先輩にチョコレートを渡して、用意したセリフを言ってしまったら、本番はどうなるんだろう。

 むしろ、それ自体が告白になっちゃうんだよね。

 練習じゃなくなっちゃう。



 そうだよね。

 気づいてよかった。

 何回もやり直しなんてできないから練習しているわけだし。


 過ぎたるは及ばざるが如し。

 やりすぎは良くないよね。


 よし、私、思いとどまった!

 危なかった一。



 教室の自席で、私は一息つく。



 けど、練習しておきたいな。

 しょうがないから、別な人を練習台にするしかないかな。


 誰がいいかな。

 自席で悩んでいると、隣の席にせきが登校してきた。


「おはよう! ‌悩んだ願してどうした? ‌またよくわからないシミュレーションしてるんだろ?」


 隣の席の関。

 私の幼馴染だ。


 見知った仲で、何の緊張もないけれども、いろいろ事情を汲んでくれるのは、こいつくらいかもな。

 私は、関に話しかけた。


「関。ちょっと昼休み、体育館裏に来てよ」

「なんだよ、ここで言えばいいじゃん」

「ダメなの。二人きりでないと言えないの」

「そ、そうなのか?」


 告白練習することは、秘密にしておかないと。

 告白した時の反応を見て、どう対応するか考えるんだからね。


 関は、腑に落ちない顔をしていたが、私は黙っておいた。


「分かったよ。行けばいいんだな?」



 ◇



 昼休みの体育館裏。

 私が先についていると、関がやってきた。


 関根が口を開く前に、私から言う。


「……あの、これ受け取ってください」


 練習する言葉と同じ事を言わないとだからね。

 関に対して、こんな言葉を使うのはなんとなく嫌だったけど。


「なにこれ?」

「チョコレート」

「なんで今日なんだよ? ‌フライング?」

「うー! ‌違うよ、練習なの! ‌明日本番をするための練習!」

「へぇー」


 関根は一応受け取ってくれた。

 先輩からの受け答えを練習するはずが、なんだか砕けたやり取りになってしまった。


 チョコを渡し終えると、二人とも無言になって、何とも言えない空気が流れた。

 関から口を開いた。


「練習になった?」

「全然、練習にならない。こういう時、もっとムード良く驚くと思うのに。もっと空気読めよ」

「わりわりい」


 悪びれる様子が無い関に、私は肩を落とすのであった。


「はぁ。こんな感じで、明日成功できるんだろうか」

「まぁさ。失敗したら、俺がチョコもらってやるから持って来いよ」

「なんで、あんたなんかにチョコあげなきゃいけないのよ」


 私がそう言うと、関はそっぽを向きながら、あらたまって言った。

 昼間だから、寒くも無くて暑くもないけれど、関は少しだけ頬を赤らめていた。

 気のせいかな?


「なんだっけ。バレンタインデーイブって言ったっけ? ‌俺は好きだよ。そうやって頑張ってるところとかさ……」

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