クイーンチョコレート

 今日も、塾の授業が終わる。


「もう十二月だからな。気を抜かずに頑張れよ。気を抜くと風邪ひいたりするからな」


 塾の先生が皆に呼びかける。

 なにその精神論って思うよ。


 気を抜かなければ風邪ひかないってことなのかな?

 精神力だけでどうにかなる時代は終わったって言うの。

 まったくさ。



 ……私だけ先生の言葉が響いて無いのかな。

 周りを見ると、みんなやる気に満ちた顔をしている。


 最後は、精神論なのかもしれないけどさ。

 ずっとやる気を継続するって難しいよ。

 そのやり方を、塾で教えて欲しいって思っちゃう。


「……はぁ」


 私のため息を聞いて、隣に座っていた智樹ともきが私に手を伸ばしてきた。

 それで、私の目の前にチョコレートが置かれた。

 なんのつもりか、わからないけれど。


「なにこれ?」

「チョコレート」


「……それは見たらわかるけれど、なんでっていう」

「別に良いじゃん。そういう日もあるよ」


「答えになってないんだけど。私に隠し事するの?」


 ちょっときつい言い方かもだけど、私の問い詰めは、もっともだって思うんだよね。

 今は、無償の愛情を受け取っても、納得できない。

 どうすれば、やる気が出るかって言うのと同じで、理由が知りたいのよ。


「最近、お前が勉強に疲れているように見えたからさ。これ食べて元気出してもらえたらなって」


「えっ……。そっか。ありがとう。ごめん、きつく当たっちゃって」


 優しい彼氏。

 一緒に受験を乗り切ろうってことだよね。

 こういう存在って助かるな……。


「智樹、じゃあこれあげるよ」


 私も自分で持っていたチョコレートを智樹に差し出した。


「いやいや、それはお前が食べろよ」

「やだよ。二つも食べたら太っちゃうよ」


「そう? 俺、ぽっちゃりの方が好きだよ」


 ……智樹は、デリカシーが無いなー。


「バカ。そういう時は、『どんなお前でも好きだよ』って言うんだよ」

「そんなこと言われてさ。俺、お前には、嘘つきたくないし。痩せてると心配になるから。健康的な方が好きだよ」


 不器用だな、智樹は。

 ドストレートに攻めてくるから。そういうところ嫌いだよ。


 智樹からのチョコレートを一つ取って食べてみる。


「これ、美味しい」

「な? それ美味しいだろ?気に入ってくれて良かった。千鶴ちづるは、笑った顔が一番可愛いな」


「……それもだよ。『どんな顔も可愛いよ』って言っとけよ。バカ」

「いや、やっぱり笑った顔が一番だよ。どんなアイドルなんかより可愛いもん」


 真顔でずけずけと。そう言うのが、嫌い。



 ……もっと好きになっちゃうじゃん。


「私がお姫様だったら、智樹は打ち首だよ」

「ええ、なんでなんで。そんなことしないで、傍に置いてよ」


「バカ」


 チョコレート。

 美味しい……。



 やる気を出す方法。

 教えて欲しいって思ってたけれど、やり方なんて無いのかもな。


「なんか、やる気出てきた。智樹のせいだからね」


「なんで、なんだよ。良いことだろから、って言ってくれよ」


 ふふふ。ごもっとも。

 私は、笑って答えてあげる。


「やだよ。私は素直じゃないもん。逆なこと言うんだもん。……この、クイーンチョコレートっていうやつ。美味しくて好きだよ!」

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