鏡のおまじない

 文化祭当日。

 待ちに待ったと言えばそうだけれども。

 来てほしくなかったと言えば、その通り。


 私の練習の成果をみんなに見て欲しいって言う気持ちもあるけれども。

 それと同じくらい、失敗したらどうしようっていう気持ちがある。


 うう。

 緊張する。

 体育館のステージで発表はある。


 私達のバンド。

 私はドラム担当。


 目立たないポジションって思われがちだけれども、一番重要って言われてたりもする。

 リズムを一定に保たないといけないのだ。

 私がずれたら、全部台無しになっちゃう。


 早くても、遅くてもダメ。

 私たちの二つ前のバンドの演奏が始まった。

 いつもより少し早い気がする。


 やっぱり緊張して早くなってるんだよ。


 うう。

 私は、大丈夫かな。


「あぁ、ダメだ。私、もう一回トイレ行ってくる」

美鈴みすず。何回目よ。早く行ってきな」


 体育館のステージ横にも出入り口がある。

 バンドメンバーに見送られて、走って体育館を出ていく。


 外へ出ると、冷たい風が吹いている。

 寒いはずなのに、なんだか暑い感覚。


 どうしたらいいだろう。

 もうわからないよ。


 早く落ち着かないと。

 もうすぐ出番だし。


 体育館から離れていくと、賑やかなステージの音が段々と静かになってくる。

 トイレへ着くころには、ほとんど何も聞こえない状態だった。


 ふう。


 トイレの空気を吸い込むって、なんとなく嫌な気分かもだけど、この際そんなこと言ってられない。

 トイレの中で、大きく息を吸う。


 限界まで吸い込んだら、息を止める。

 大きな鼓動の音だけがドクンドクンと聞こえる。


 今まで通りやればいいんだよ、私。

 緊張することは無いよ。


 ステージに立っても、誰も私の事なんて見て無いよ。

 大丈夫。

 自分の部屋の中でドラム叩いてるって思えばいいんだよ。

 うん。


 私は、目立たないモブ。

 誰も、私を見てない。



「おいっすー。美鈴、こんなところでどうしたの?」


 声をかけられてびっくりしたので、止めた息を全部吐き出してしまった。


「わぁびっくりした、はるかか。どうしたのって、本番前にトイしに来たの」


 幼稚園からの友達の遙。

 そう言えば、遙も別のバンドチームを組んで、午前中に演奏してたな。

 遙は、私の顔を覗き込んで、ニヤニヤと笑った。


「緊張してるでしょ」

「……いや、そんなこと」


「全部顔に出るんだから美鈴は」


 笑って遙は続けた。


「私も緊張したもん。おんなじだよ。そんな時は、自分の顔を鏡で見て、自分に魔法をかけてあげるんだよ」


 遙と一緒にトイレの鏡の方を向く。

 そこには、ガチガチに緊張した私が映っていた。

 遙は、私の頬に自分の頬を付けてきた。


「私が、いつでも主役だよって」

「そんな……。それじゃあ、いっぱいの人に見られて緊張しちゃうよ」


「ふふ、このおまじないは、続きがあるよ。には、いつだって良い結果が待ってるんだよ! って」


 遙は、鏡越しに私の目を見て言ってくる。


「絶対に成功するって保証はどこにもないけれど、精一杯できれば、それだけで大成功なのです」


 遙は、私の後ろに回ると、私の背中を、優しく叩いた。


「ほら、主役ちゃん。迷わず行っておいで! 美鈴は、どんな時だって最高だよ」


 遙が、鏡越しにしてくれたおまじない。

 私も、知ってるよ。

 緊張してる時に、昔もかけてくれた鏡のおまじない。


 今まで見た中で一番くらいの笑顔を私に向けて、送り出してくれた。

 私もそれに負けないくらいの笑顔を返した。


 ありがとう、遙。

 鏡のおまじない、効いたよ。

 そのおまじない、好きだよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る