箸
小さい頃から、箸の持ち方だけは厳しく教えられた。
箸の持ち方に一番『育ちの良さ』が出るって言われて。
教えてくれていたのは、お父さん。
お父さんは、見栄っ張りなんだろうな。
一方でお母さんは、のほほんとしていて。
「箸の持ち方なんて、自然と覚えるよ」って言ってた。
そんなお母さんは、箸の持ち方がとても綺麗だった。
私は、お母さんの真似をして箸の持ち方を覚えたんだ。
優しくて、綺麗なお母さんみたいになりたいなって。
小学生になって、給食でも箸を使うようになった。
そうしたら、先生が褒めてくれて。
「
クラスのみんなも、教えて欲しいっていっぱい集まったりしたから、私が教えてあげたりもしたんだ。
その時から、私は箸が好きなんだ。
とある日曜日の事だった。
お母さんが私を外出に誘ってくれた。
「誕生日だし、何か欲しいもの買ってあげるよ」
私は、迷わず箸屋さんに連れて行ってもらった。
◇
「箸屋さんって本当にあるんだ。すごくいっぱい種類がある!」
初めていく箸屋さんには、色んな種類があって、見てるだけで楽しかった。
木の箸や竹の箸、金属の箸やプラスチックの箸。
細い箸や太い箸、長い箸や短い箸。
色も形も模様も違う。箸には、それぞれに個性があった。
私は、箸を集めるのも好き。
家には、たくさんの箸がある。旅行に行くたびにお土産には箸を買ってもらったり。
友達からもプレゼントされたり。
箸は、私の宝物なんだ。
ガラスケースの中には、少し高級そうな箸が並んでいた。
色とりどりの箸が並んでいる。
赤や青や緑や黄色。金や銀や銅や真鍮。花や動物や幾何学模様。一本一本が、美しい。
「どれが気に入った? 」
「うーん。全部」
お母さんは笑って答えてくれた。
「全部は無理だよ。一本だけ選んでね」
「うーん、難しいな」
どれも素敵だけど、私は一本だけ選ばなきゃいけない。
私は、ガラスケースの前で、じっくりと箸を見比べる。
どれも捨てがたいけど、私は一本だけ選ばなきゃいけない。
やっと、私は決めた。私は、一本の箸を指さした。
「これがいい」
私が選んだのは、白い箸だった。
白い箸には、小さな桜の花が散りばめられている。
桜の花は、ピンクや紫や黄色で、白い箸に映える。桜の花は、私の好きな花だ。
「桜の箸、素敵だね。少し試させてもらおうか」
お母さんはそう言って、店員さんを呼んだ。
何でもない所作だけれども、お母さんを見ていると、気品があるように感じた。
店員さんが来ると、ガラスケースから箸を出して私に持たせてくれた。
桜の箸は、軽くて滑らかで、手に馴染む。
上品に感じられて、丁度お母さんみたいな箸。
持ってみた瞬間、この箸が良いと思った。
「お母さん、これにする!」
「いいよ。じゃあ、これをお願いします」
お母さんが、目で店員さんに合図を送った。
「かしこまりました」
店員さんは、桜の箸を綺麗に包んでくれる。
桜の箸は、桜色の紙に包まれて、リボンで結ばれる。
言わずとも、プレゼントって分かってくれていたのかな。
それとも、お母さんが、こっそり伝えてくれていたのかな?
「ありがとう、お母さん。この箸大事にするね!」
お母さんは、優しく私を撫でてくれた。
私は、この桜の箸を一生大事にする。
お母さんがくれた、お母さんみたいな綺麗な箸。
私の新しい宝物。
私は箸が好きです。
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