「今日は、遅くなるかも知れないから夜ご飯は自分で作ってね」


 そんなことを言われてしまった。

 お母さんは私のことをなんでもできると思っているかもしれない。

 中学生にもなれば何でもできるでしょって。


 実際になんでもできるっていう自負はあるよ。

 けれども、料理だけは別。


 調理実習がトラウマになっちゃってるんだよね。

 あんなにまずい物を生み出せるなんて、私は逆に才能があるのかもしれないと。


 お母さんは、忙しいからしょうがないと思うんだけどね。

 そんな中でも、レシピだけはちゃんと置いていってくれた。


「出汁を取るのは大変だから、これを使うと良い」

 そうやって書かれてているレシピと一緒に、出汁つゆのパックが置いてあった。

 冬になると、よくスーパーで見るやつだ。


 レシピの続きを見ると、こう書いてあった。

「あとは、袋に書いてある通りに具材を入れていく」


 ……何だこのメモ。

 レシピは書いておいたよーっていうから、期待していたんだけれども。

 途中で面倒くさくなったんだな。


 とりあえずやってみよう。

 最悪の場合は、コンビニに行ってお弁当買ってこようかな。

 なけなしのお小遣いだけれども……。


 まずは、冷蔵庫から鍋の具材を取り出す。

 白菜、長ネギ、ニンジン、水菜、しめじ。


 野菜たちは、全部切られて閉まってあった。

 お母さんって、マメだな。

 忙しいって言ってたのに、お母さんがほとんどやってくれてるじゃん。


 この中だったら、あとは、しめじだけ準備すればいいのか。


 とりあえず、冷蔵庫から具材を取り出して、キッチンへと並べる。

 しめじだけはスーパーで買ったままの姿だったので、包装を外す。


 昔は、お母さんの手伝いもしてたからな。

 しめじって、石づきを切ってあげて、あとは使う分だけ洗えばいいんだよね。

 私は、まな板と包丁を取り出す。


 これは、一番簡単なはずなんだよ。

 ただ石づきを切るだけ。

 家庭科の成績が良くない私でもできるはず……。


 うーーーー。

 包丁一、怖いな。

 こういう時は、猫の手、猫の手。


 指先を閉まっていれば、私の指は安全。

 力を入れ過ぎずに。


 ……よしっ! 切れた!


 私ってば、何でもできるね!

 それで、今日使う分だけを洗って。

 他の具材たちは、お母さんが洗ってくれてるの知ってるからね。


 鍋つゆを鍋に入れて、野菜を入れて。

 私が切った、しめじも入れて。

 これで温めるだけ。


 火をつける。

 それで、中火にして。


 ふう。出来た、出来た。


 これで、後は煮えるのを待てばいいだけだもんね。

 少し休もうとした時、玄関から扉の開く音が聞こえた。


「ただいまー」


 時計を見ると、料理し始めてから一時間も経っていた。

 夢中になってやり過ぎたのかな。

 もしくは、手際が悪かったか……。


「わぁ良い匂い、和花のどか、ちゃんとできたんだね」

「もちろん、ばっちりだったよ。それにしても、お母さん、意外と帰りが早かったんだね」


「仕事が、思いのほか上手く行ってね」


 そこから先は、お母さんが続きを作ってくれた。

 私は手を出すこともあまり無くて、箸や取り分け皿を用意した。


 出来上がった鍋が食卓に出てくる。

 鍋を作るっていうだけでも、実は大変なことで。

 私も、今日体験してみてわかったよ。

 今なら、心の底から思う。


「お母さん、いつもご飯作ってくれてありがとう」

「何よ、急にあらたまって」


 ほとんどお母さんが作ってくれたんだけど。

 一人で食べることにならなくて良かった。

 暖かい鍋を一緒に食べれる家族がいるって良いね。


「私さ、大きくなったら、お母さんにちゃんと鍋作ってあげるからね」

「そうなの? 今日も上手くできてるよ。ありがとう」


 心も体も温まる。

 鍋って最高の食べ物。私は大好きです。

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