良い推し

 漫画の中のキャラクターを好きになるっておかしいことなのかな?

 そのキャラクターは、私にとっては理想の人なんだ。


 誰にでも優しいんだけど、自分には厳しかったりして。

 それでいて、おっちょこちょいな可愛い一面もあったり。

 主人公の娘は、私と変わって欲しいくらいだよ。


 そのキャラクターのことを考えると、ドキドキなのか、安心なのか。

 とりあえず、心が暖かくなるんだ。


 そんなキャラクターのことを誰かに話したいと思う。

 でも、なかなか話せないんだ。


 何故かって言うと、私の友達は漫画のキャラクターよりも、アイドルを推す人が多い。

 いつもアイドルの話題で盛り上がっている。


 どんなテレビ番組に出てただの、ニュースサイトでこんなニュースがあっただの。

 鞄には、アイドルのグッズを付けて。

「アイドルのライブに行くために、私は生きてる」って、そんなことを良く言っている。



 私も、アイドルのことは好きだけど、私のは違う。

 私の推しは現実には存在しない、漫画の中だけのキャラクター。


 だから、これを言うと変な目で見られるんじゃないかと思う。

 同じオタクだとしても、文字通り次元が違うんだよね。

 あの子達、オシャレにも気を使うし。


 私の方が低次元なんだよね、きっと……。


佐倉さくらさん、漫画のキャラクターが推しなの?」なんて、引かれちゃうんじゃないかと思う。

 だから、私は、絶対に口に出せない。


 でも、推しを推すことをやめたくないし。

 私は、絶対に一番だって思うもん。


 今日も、友達と一緒にお弁当を食べる。

 四人組グループ。


 みんな、アイドルの話題で盛り上がっていた。

 もちろん、私も一緒になって話している。

 でも、それは、偽の推しのことで。

 私の推しは、違うんだーって考えていた。


 そんなとき、友達の一人が、私に話しかけてきた。


「ねえ、佐倉さんって、本当は誰を推してるの?」


 私は、驚いて、顔を上げた。

 聞いてきたのは、梅月うめづきさんんだった。


 梅月さんは、私の目を見て笑っていた。

 全部を見透かしているような雰囲気……。


 いつもは、へらへらと偽の推しについて語っているけれども。

 急にどう答えたらいいかわからなくなった。


 回答に困っていると、梅月さんは優しく言ってくれた。


「桜さん、恥ずかしがらなくていいよ。私たちも、みんな推しを推してるんだから。推しを推すって、楽しいことだよね。推しのことを話すのも、楽しいことだよね。だからさ、佐倉さんも、私たちに教えてよ、本当のところ」


 ……絶対に言えないよ。

 絶対に否定されるか、引かれてしまうもん。


「人の推しを否定するって、その人を全否定しているようなもんだよ。人の好きにとやかくいうやつは、私が懲らしめてあげるよ」


 梅月さんは、私たちのグループで一早く推しアイドルを語りだした子。


 最初にアイドルの話をする時は、恥ずかしげもなく堂々と語りだして。

「推しを推す気持ちに、恥ずかしいことなんて無い。好きなものは違って当然だもん。嘘をついて生きる方が恥ずかしい!」って言いきってて。


 梅月さんになら、言えるのかな……。


「私ね……」



 そこまで言って、言葉に詰まってしまうと、梅月さんが続けてくれた

「この漫画のキャラクターでしょ? 鞄にこっそりとグッズ付けているの見えちゃった」


 梅月さんは、私の好きなキャラクターのキーホルダーを手に持って見せてきた。

 アイドルの話から一変したが、他の友達も話に乗ってきた。


「それいいよね! あんまり人に言えなかったんだけど、私も好きだよ!」


 そこから、そのキャラクターの話で持ちきりになった。

 梅月さんは、私に向かってウインクをした。


「推しを推すのって、恥ずかしいことじゃないよ。好きなものは好きだもんね! 佐倉さんも良い推し見つけたよね。私も好きだよ!」

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