書道

 ふみさんは、字が上手い。

 授業中に先生に当てられて、黒板に書く時の字も上手い。

 それは、先生なんかよりも、全然上手い。


 文さんは、黒板に問題の答えを書くと、自席へと戻ってきた。

 黒くて長い髪の毛は、綺麗にまっすぐにかれている。

 歩いていても、真っすぐをキープしている。


 席に付けば、授業を受けるときの姿勢も良いし。


 まさに、お嬢様っていう雰囲気がある。

 私なんかとは、大違いだよなぁ……。



 そんな文さんは、書道の時間は髪を結う。

 私の横の席なので、凛々しい横顔が見える。


 私が男の子だったら、絶対好きになっちゃってるな。



 集中しちゃってて、私が見てても気づいていないみたい。

 文さんは、太筆に墨を付けてから、一息吸って紙を見つめる。



 一画目は、払い。

 左の方へ流す。

 姿勢は全くブレないどころか、顔さえも動いていないように見える。


 二画目は横棒。

 止めるところも、力を入れ過ぎず、落ち着いている。


 墨を付け直して、三画目は縦棒。

 四画目の払い、五画目の止め。


 スムーズな流れで書いていった。


 これで、のぎへんが書けた。


「あれ、あきさん? 私の顔に何かついている?」


 ……あ、まずい。

 ……私が見ているのがバレてたみたい。


「文さん、すごく綺麗に書くから、見とれちゃってたよ」


 文さんは、うっすら笑うと、また集中した顔に戻った。

 墨を付け直して、息を整えていた。


 のぎへんが書けたので、次は右側部分だ。


 小さく止めて、小さく払って。

 大きく払って、大きく止める。


 最後の止めまで、気を抜かずに書ききった。


 出来上がった字は、すごく上手かった。

 書道の先生が書く、お手本みたいな『秋』っていう字。


 私は、思わず話しかけてしまった。


「文さんって、書道上手いよね。すごいよ:

「ありがとう。けど、これでもまだうまくないんだ」


 文さんは、少し悲しそうな顔をしてそう言った。


「本当は、秋さんの字みたいに、個性を出せた方が良いんだよ。私なんかの字よりも、秋さんの字の方が良い字だよ」

「そんなことないよ、私は文さんの字の方が好きだし、いつも先生から褒められてるじゃん。私もそんな風に上手くなりたいよ」


 私がそう言うと、文さんは微笑んで答えてくれた。


「そうかな。けど、私の字で良ければ、教えてあげるよ。少し書いてみて?」


 私は、早速太筆を硯に付けるが、私の筆は手入れもされていなくてカピカピだった。

 まずは、この固い筆をほぐすところからだ……。


「秋さん、これ使ってみてよ。きっと上手く書けるよ」

「あ、ありがとう」


 文さんの筆。

 綺麗に手入れされている筆。


 筆さんの方を向くと、優しく見守ってくれている。


 せっかく見ててもらっているから、綺麗に書かないと。

 文さんっぽい書き方を想像して、集中しよう。


 あまり力まずに。


「秋さん、力まずに。自分らしい字が一番だよ」


 文さんは、隣で見られながら書くっていうだけでも、緊張する。


 何も書かれていない白紙。

 今は、これに集中。


 これから私が書くんだ。

 今まで、いっぱい書いたことはあるけれども。

 初めて書く気持ちで。


 この筆を使って書くっていうのは、初めてだしね。

 やっぱり、白紙に向かうって、緊張感があっていいな。

 これから始まるっていう。


 ここに、私の字を書くんだ。

 上手くなくても、自分らしく書いたら良いよって言ってくれる人もいる。

 私の書く字だって、褒めてくれる人がいるんだ。


 気負わず。

 私だけの字を。


 秋。

 今まで、何度も書いてる。

 私の名前と同じ漢字。


 文さん、見ててくれてありがとう。

 字を書くって、私も好きだよ。

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