豆花

 ヤバいな。

 遅刻しちゃったよ……。


 私はドーナツ屋さんに入ると、和也かずやの姿を探した。

 カウンターの席に座っている彼は、私に気づくと手を振ってくれた。


「やっと来たか」

「ごめん、ちょっと遅れちゃった」


 和也は笑顔で言っていたが、少し不機嫌そうな声だった。

 私は彼の隣に座って、謝った。


「ごめんね、バスが遅れてて」

「いいよ、いいよ。もう注文してあるから」


 和也は、目の前に置かれている二つのカップを指さした。

 私はそれを見て、驚いた。


「……これ、なに?」


 カップの中には、白くてふわふわしたものが入っていた。

 それはドーナツではなかった。


「豆花って知ってる?」


 和也は得意げに聞いてきた。

 私は首を横に振った。


「知らないよ。なにこれ? ‌どうやって食べるの?」

「シロップをかけて食べるんだよ。甘くておいしいんだ」


 和也はカップの横にある、小さなボトルからシロップをかけて見せた。

 それからスプーンで豆花をすくって口に入れた。


「んー、おいしい!」


 和也は、満足そうに言った。


 ……初めて見る、不思議な食べ物。

 美味しいのかな?

 私も彼の真似をして、豆花を食べてみた。


「……おいしい」


 私は思わず声を漏らした。

 豆花は柔らかくて滑らかで、シロップとの相性が抜群だった。

 甘さも控えめで、後味がさっぱりしていた。


「でしょ? ‌このドーナツ屋さんは豆花も売ってるんだよ。珍しいでしょ?」


 和也は嬉しそうに言った。

 私は彼を見て、感心した。


「やっぱり、和也は物知りだね。どうして豆花のこと知ってるの?」

「実はね、豆花って歴史があるんだよ。」


 和也は、得意気に豆花の雑学を語り始めた。


「豆花は、元々中国から伝わったんだけど、台湾では日本統治時代に発展したんだ。日本人が牛乳や砂糖を使ってアレンジしたんだよ。だから台湾の豆花は日本風なんだ。」

「へえ、そうなんだ。」


 なんだか歴史があるんだね。

 日本人がアレンジするの、上手いよなぁ。

 私は、興味深く和也の話を聞いた。

 和也は、まだまだ話し続けた。


「豆花っていう名前も、日本語から来てるんだよ。中国語では豆腐花というんだけど、日本語ではとうふばなと発音するんだ。それが台湾語ではどうふあとなって、最終的に豆花という名前になったんだ。」

「へぇー」


 そろそろ、雑学長いな……。

 ちょっと褒めると、すぐ長くなる。

 私に教えてくれる気持ちは嬉しいんだけどね……。


「でね、豆花って健康にもいいんだよ。」


 和也はさらに話し続けた。


「豆花は大豆から作られているから、タンパク質やカルシウムが豊富なんだ。それに消化も良くて、便秘や肌荒れにも効果があるんだ。あと、カロリーも低いし、満腹感もあるから、ダイエットにも良いんだよ」

「へえ、そうなんだ」


 私は相槌を打った。

 良い情報だけども、もうやめて欲しいな……。

 遅れて来た手前、強くも言えないけども……。


 ……って、ちょっと待って、ダイエットに良いって。


「ダイエットに良いって、それを私に食べさせようとしてるのは、もしかして、私太ったように見える……?」


 和也は、少し戸惑った顔をした。


「えっと、そんなことないよ」

「じゃあ、なんで豆花なんて注文したの? ‌豆花も美味しいけど、ドーナツ屋さんなら、ドーナツ食べたいじゃん?」


 形勢逆転だね。

 私に、勝とうなんて十年早いんだよ。

 和也の雑学披露大会は、こうしないと止まらないからね。


 そうすると、和也は困ったように言った。


「だって、豆花も美味しいし、君が食べたことないと思って、食べさせてあげたかったんだよ……」

「……えっ、そういうこと?」


 続けて、和也は照れくさそうに言った。


「新しい物を体験するって言うのは、一度きりだからさ。俺が体験させてやろうって思って」

「……」


 私は言葉に詰まった。

 ……なんか、悔しい。


 ……私の中に、嬉しい気持ちが込み上げてくるのが、悔しい。



「……じゃあ、和也。口開けて。アーンしてあげるから」

「……え? ‌なんでそうなるの?」


 和也は困ってた。

 悔しい時は、仕返ししないと気が収まらないからね。


「豆花をアーンされるの、初めてでしょ? 豆花を教えてくれた和也に、‌私もお返し! ‌ほらほら、アーン!」


 スプーンに乗せた豆花が、和也の口の前でぷるんぷるん震える。

 和也に仕返し出来るとら、楽しげに踊ってるように見える。


「……う。アーン」


 ……くっ。恥ずかしがらずに食べるのか。

 ならこれならどうだ。


「じゃあ、私にもアーンして!」

「えぇ! ‌マジかよ!」


 驚いた顔の和也。

 戸惑ってる、戸惑ってる。

 ふふふ。まだ私に対してアーンは、してくれないかな?


 戸惑って、どうしようも無くなって、固まっちゃった。


 雑学ばかりだったから、仕返ししちゃったけど、豆花を知れて良かったよ。


 和也ありがとう。

 私、豆花が好きになったよ。

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