読書

「私は、読書が好きです」


 高校に入学して、最初に行われる自己紹介。

 私は、そんな自己紹介をしていた。


 多分、その自己紹介でしくじったんだな。

 そこから、インドアなイメージがついて、図書委員に担ぎ上げられて。


 明るい人たちが集まるようなグループには入れず。

 かといって、他の子達のグループに入れるわけでもなく。

 図書室で一人でいるようになってしまった。


 高校デビューなんていう言葉がある通り、いわゆる『陰キャ』な私の、最初で最後のチャンスだったかもしれない。失敗したな……。


 図書室の窓からは、わいわいと楽しそうにしている声が聞こえてくる。


 みんなでお弁当を食べてるのかな……。

 楽しそうだな……。

 私は、昼休みは図書室で一人。


 まぁ、それも良いか。

 無理しても、楽しくないだろうし。

 私は、図書室で本を読んでるのがあってるのかも知れないなって思うよ。


 静かだし。

 一人の世界に入れて、楽しいし。



 ――ガラガラ。



 静かな図書室で、扉を開く音は大きく聞こえた。


 図書室の扉が開くと、日置ひおきさんが入ってきた。

 いつも明るいグループで楽しそうにしている子。


 今日は、一人だけで図書室へ来たんだ。

 なんだか疲れてそうな顔してる。


「あ、こんにちわ、小嶋こじまさん。図書委員だったっけ? 一人なの?」

「そうです。いつも一人です」


「そう。いつも一人なんだね」


 ……なんだか、ちょっと嫌味っぽいな。

 別に、私は気にしないけど。


「……それも良いよね」


 日置さんは、ボソッとつぶやいていた。



 日置さんの髪の毛は、明るい茶色。

 化粧も、ほんのりしていて。

 スカートの丈も少し短くしていて。

 女子高生を楽しんでいるっていう雰囲気。


 私とは、正反対。



「私疲れちゃってさ。ここって静かでいいね」


 日置さん、やっぱりどこかで無理してるのかな。

 みんなと楽しくしてるって思ってたけど。


「小嶋さんってさ、誰とも一緒にいないのに、楽しそうだよね」

「そうですか? 日置さんの方が楽しそうに見えるんですけれども」


「……見かけはね」


 日置さんは、ちょっとうつむき加減でそう言った。

 何か、嫌なことでもあったんだろうな。


「ちょっと一人になりたくて来たんだけど、せっかく小嶋さんがいるなら、何か良い本を紹介して欲しいな。小嶋さん、本好きそうだし」


 日置さんは、笑ってそう言う。


「私、人に合わせるっていうことをしてこなかったんで、良い本って言われても、日置さんに合う本なんて選べないと思いますよ」


 日置さんは、さらにニコって笑った。


「そういう方が良いよ。私なんかに、気を使わなくていいし。小嶋さんの趣味全開の本でいいからさ。小嶋さんの好きなこととか、少し知りたいな」

「そんなこと言われても……。そう言うことは、男の子にでも言ってあげてください」


「いいから、いいからー。私なんて、通りすがりのモブキャラなんだからさ」


 誰かにそう言われたのかな……?

 どっちかと言えば、私の方がモブだと思いますけども。


 本を紹介するのか。

 うーん。

 趣味全開で良いか……。


 元々一人でいる私には、守りたい自尊心なんていうものも無いわけで。



「……それじゃあ、これが良いと思います」


 私の少女趣味全開な本。

 緑色の枠に囲まれた表紙で、四つ子の女の子が主人公の本。

 児童文学なんて言われてるけど、私はこれが良いって思う。

 この本が好きって人に言うと、十中八九子供っぽいって言われてバカにされるんだよね。


 日置さんが一笑いでもして、教室に戻ってくれればいいや。



「えっ? 小嶋さんも、これ好きなの? 私もこれ好きだよ! この本、小さい頃から読んでるよ!」


 日置さんからは、意外な反応が返ってきた。

 キラキラした目をしてこちらを見てくる。


「小嶋さんって、私と趣味合いそうだね。ちなみに、どの子が好き?」

「……私は、迷わず四女の子です」


「わかるー! 私もそうだよ!」


 あれ、帰ってくれないな……。

 なんだか、楽しく話せてる気もするし。


「やっぱり、気を遣わないでいられるのが一番だよね。小嶋さんっていいね」

「それって、どういう意味かは、分かりかねますが……。私、人に気なんて違えないですし。そもそも友達なんていない訳ですし」


 私がそう言うと、日置さんは目を逸らさずに、優しく笑ってくれた。



 ……高校生にもなって、友達になろうなんて言わないよね。

 ……言う方がおかしいか。


 ……一緒に過ごしてて、楽しいって言われるの、嬉しいな。


「小嶋さんの好きな本の話、もっと聞かせてよ。実はさ、私も読書好きだよ」

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