おでん

 ここのコンビニ、おでん売り始めたんだ。

 もうそんな季節か。


 少し寒いけど、たまに寒いだけで。

 大体の日は暑いままなのにな。


 久しぶりにおでん食べたいなー。


 私がレジ前のおでんを見ていると、声をかけてくる人がいた。


「茜? ‌久しぶりじゃん。一年ぶりくらい?」


 ……元カレだ。


「久しぶり。半年くらいだよ」

「元気してた?」


 彼の方には顔を向けないで答える。


 何でこんなところで会うんだろ。

 こいつは、東京に行ったはずなのに。


「……普通」

「なにそれ」


 苦笑いをする彼。


 別に、会話を盛り上げる義理も無いんだよ、こっちには。

 私は、おでんを買おうと思ってるだけ。


 勝手に私の世界に入り込んできてさ。

 こいつは、いつもそうだよ。


 今の私にとっては、おでんの方が興味がある。

 半分無視しているのに、まだ彼は話しかけてくる。


「茜ってさ、おでんみたいなやつだよね」

「何それ」


 おでんって、どういうこと。

 いい意味なのか、悪い意味なのか。


「会いたいと思っても、気づいたらいなくなるやつ」

「ふーん。それって、どっちのことなんだか。自分の胸に手を当てて聞いてみなよ」


 私がそう言うと、彼は飲み物売り場へといった。

 皮肉を言ってやったから、厄介者は追い払えたかな。


 そんなことよりも、おでんを選ぼうっと。


 あれ、あいつ……。

 飲み物持ってすぐ戻ってきたし……。


「おでん食べるの?」

「食べる」


 セルフで取るタイプだったから、彼は器を取った。

 別に、餌には釣られない。こんなの、疑似餌だよ。

 なんにも嬉しくない。



「何いる?」

「たまご。だいこん。餅巾着」


「結構食べるね」


 そう言って、彼はおでんの具を器に入れていく。

 私が頼んでいない具も、器に入っていく。


 こいつ、そういうところあるんだよな。


「何で一個の器に、あんたのも入れるのよ」

「一緒に食べようぜ」


 こいつ、頑固なところあるから、何を言っても聞かないんだよな。



「奢りなら、別にいいけど」


 そう言って、私は先に外へと向かった。

 なんで、今日に限っているんだよ。


 外に出ると、風が少し冷たかった。



 待っていると、彼は出てきた。

 大きい器に入ったおでんを持って。


 奢ってもらったし、食べてる間くらいは少し話してやるか。


 私は、車を止めるブロックの上に座って、おでんを待つ。

 彼も隣に座ってきて、おでんが入った容器をこちらに向けてきた。


 何話そう。

 やっぱり、大学のことしかないか。


「で、あんた大学でどうなのよ。元気でやってるの? ‌彼女できた?」

「思った通り、すごく忙しくてさ。単位取るので精一杯だよ」


「ふーん。東京で楽しくやってると思ってたよ」


 私は、一口食べた大根を、器の中に戻してやった。


「おいおい、食べかけの大根戻すなよ、バカ」「一緒の器にしたの、あんだでしょ。別にいいじゃん」


 彼は、私の食べかけの大根を見つめている。


「じゃあ、大根半分もらうよ。俺の金だし」「あ、ばか。まだ食べたかったのに……」


 二人でおでんを分け合って食べる。

 こんなことするの、去年の冬以来だな。


 こいつが東京にさえ行かなければ、彼氏彼女の関係は続いてたと思うんだけどな。


 こっちに帰ってきてるなら、言ってくれればいいのに。


「次に暇になるのっていつなの」

「十二月前半までは忙しいかな」


「ふーん。私、クリスマスは空いてるかもしれないよ」

「なにそれ。誘ってるの?」



「ばかなりに、考えてみてください。大学生でしょ」

「は? ‌俺だって、ちゃんと単位取れてるから、頭良いし」


 このやり取りも、変わらないな。

 彼と一緒に食べるおでんは、昔と変わらない味。

 久しぶりだけど、とても美味しかった。


 彼が買うおでんの具は、いつも決まって厚揚げで。

 それも、昔と変わらない。



「浮気しないんだね」


 彼が厚揚げ食べてる時に話しかけるの。

 熱がってるけど、私と話すために頑張って飲み込むんだよね。

 やってること、私も変わらないか。


「はふはふ……。それ止めろって、前言っただろ……」


 頑張って飲み込んでる。

 熱いだろうに。


 ついつい眺めちゃう。

 私と話したくて、頑張るんだよね。


「俺、好きになったものは、ずっと好きだし」


 知ってるよ。

 そういうところ私も好きだったし。


「厚揚げ、半分ちょうだい」


 そう言って、彼から半分奪い取る。



 やっぱり、おでんって美味しい。

 ずっと、変わらないっていいな。


 昔からずっと大好きな、私のおでん。

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