紅葉

「紅葉を、見に行!」


 彼がそう言ってきた。


 そんなことを言われたら、皆さんはどう答えるだろうか。

 私はすごく困っていた。


 こんなおやじギャグを言う人じゃなかったんだけどな……。


 すごいニコニコと笑う彼。

 面白いと思っているのか、それとも無自覚なのか。


 面白いと思っていたら厄介だ。

 私がもしこの人と結婚することになれば、これを死ぬまでニコニコして聞き続けなければならない。


 どう返答したものか……。



 私が答えあぐねていると、彼が不思議そうな顔をして言ってきた。


「あれ? ハイキングとか好きじゃなかったっけ?」


 もしかして、おやじギャグとして言っていないのかな?

 それならいいけれども。


 無自覚系おやじギャガ―だったのかな。

 ……たまたまか。


「良いよ。行こう」


 私は、ニコニコと笑って答えた。


「良かった。今週末に行きたい所があるんだよね」


 多分、狙ったおやじギャグじゃなかったんだね。



 ◇



 翌日、来たのは鎌倉。

 建長寺というお寺の裏辺りから山へ入っていく『天園ハイキングコース』という所に行きたかったらしい。

 鎌倉アルプスと呼ばれていて、ハイキングができる山であった。


 ちょっと時期が早かったのか、紅葉していたのは少しだけであった。

 それでも、この時期にハイキングコースを歩くのは涼しくて気持ちが良かった。


「少しだけど、紅葉しているのを見ると気分がするね!」


 えーっと、やっぱりあれかもしれない。

 この人、天然系のおやじギャガーだ……。


 やめた方が良いって注意した方が良いのか。

 無自覚だから、さらに厄介だな……。


 無難に答えておこう。


「そうだね。紅葉って、見てると気分が高まるよね。秋が来たって感じ」


 私がそう言うと、彼がまた言ってきた。


「来年も紅葉を見にね!」


 あ、これ、ダメな奴かも。

 けど、無邪気に笑ってる彼。

 なんだか、楽しそう。


 しょうがない。

 ちょっと注意してあげよう。


「ねぇ、おやじギャグみたいになってるよ」

「はは。気付いちゃった?」


 えっ。狙って言ってのそれ……。

 これ、どうしよう。


 彼は話を続けた。


「僕は、くだらないことしか言えないけどさ。ちょっとでも楽しませられたらなって」


 私としても、こういう所に誘ってくれる彼がとても好きだったりする。

 インドアな私を外に連れ出してくれて。


 気遣いが出来る人だって、分かってる。


 おやじギャグみたいになってるけれど、これも含めて彼なんだ。きっと。

 私を楽しませようとしている気遣い。


 ……そう思えば、嫌では無いか……。



「……来年は、ちゃんと紅葉した時期にね!」


 私がそう言うと、彼は一瞬ハッとした顔したが、すぐに笑ってくれた。


 ふふ。別に毛嫌いする必要なんてなかったのかも。

 くだらないことで、笑い合える仲なんて、実は最高かもしれない。


「私さ、一緒に紅葉見に来れて良かったよ。私、紅葉好きだよ」

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