中秋の名月

 高校に入って何か新しいことを始めたいなーって思ったんだ。

 私は中学まで何も夢中になれることってなかったし。


 みんなと同じように学校に行って。

 大勢が入っているからって吹奏楽部に入ってみただけで。

 別に音楽が好きって訳でもなかった。

 だから高校では続けないで良いかなって。

 吹奏楽じゃなくて、何か新しいことをしたいなーって。


 そんなことを思っても、主体的に動かなければ何も始まらないわけで。

 だから、秋まで私は何の部活にも入らないただの帰宅部なんだ。


 部活に入っている人たちは、いつも生き生きしてる。

 休み時間に自主練習する子もいるし。

 練習とまではいかなくても、ミーティングをしている人たちもいる。

 忙しいって口では言いながらも、とても楽しそうな顔をしている。

 そういうの、良いなーって思うよ。


 私の高校生活ももう手遅れかな。

 別に友達がいないわけじゃないし、つまらないってわけでもない。

 けれど、楽しいってわけじゃない。


「今日さ、中秋の名月らしいよ」


 晶子がそう言ってくる。


「そうなんだね。今日は晴れるらしいし。見れそうだね」

「美波、今日暇?」


「暇だけど」

「一緒に見ない?」



 ◇



 月を見るっていうのは、部活動の一環らしかった。

 天文部っていうのに晶子は属していた。


 顧問の先生の許可も得て、学校に泊まり込みをするらしい。

 気軽に了解しちゃったけど、なんだかそんな大きな話だったとはね。



 夜ご飯は、顧問の先生と晶子と私で学校の近くの定食屋さんへ行った。


「こういうことって、毎月やってたりするの? ‌毎月満月出るし」


「よくわかったね。そうなんだよ、毎月、月を観察してたりするんだ。満月じゃない時もあるけどね」



 秋のサンマ定食。

 秋になるたびに食べるけれど、今日のサンマはなんだか新鮮に感じた。

 なんだか、美味しい。


「なんで私を誘ってくれたの」

「毎月一人なんだけどさ、やっぱり一人じゃ、つまらないなって」



 ◇



 月を見るのは、学校の屋上を使わせてもらった。

 普段は入れない屋上。

 こういう時には、入らせてもらえるんだ。


 屋上には、雲一つない夜空が広がっている。

 肉眼でも、月が綺麗に見えた。


 晶子は、望遠鏡をもって設置している。

 毎月やっているだけあって、手際が良い。


「これで良し」


 望遠鏡をセットすると、晶子は眺めていた。


「すごい綺麗だよー、美波も来てみてよ」


 私も望遠鏡まで行って、見せてもらった。

 そこには大きな月が、くっきりと見えた。

 私としては、そんなに感動は無かった。


「月って良いよね! ‌私、月とか星とかって好きなんだよね」


 晶子、楽しそうだな。

 私は月には興味ないけれど、何か夢中になれることが羨ましい。


 しばらく月を見ていると、晶子はしっとりと語り始めた。



「私さ、高校入学してからずっと一人で天文部だったんだ。毎月一人で見てたんだけれど、やっぱり寂しくて。こんなに綺麗なのにさ。この気持ちを誰かと一緒に分かち合いたいなって思ってね」


 私も、高校入学してから何か始めたいなーって思ってた。

 けど、思っていただけで何もできてなかった。


 ……いや、正確に言えば、何もしていなかっただけかもしれない。

 自分一人だけでも、楽しめることを見つけて、こうやって活動している晶子。

 カッコいいな……。



 月の光に照らされて、晶子は私を見てる。


「自分から動かなきゃ、何も始まらないしね」


 そういう晶子は、やっぱりカッコいい。


「良ければ、美波もやらない? ‌天文部」



 正直に言えば、興味はない。

 けど、何か始めたいなって。

 何もしないと、このまま高校生が終わっちゃうんじゃないかって。


 何もやらないで、高校生活終わっちゃうよりも。

 私も、何か変われるなら。



「何かを始めるのに、遅いなんてないよ。むしろ、遅い時間にならないと、見え始めないものもあるんだよ」


 月光に照らされる晶子は、輝いて見えた。


 せっかくの晶子の誘い。無下にしたくない。

 けど、これでいいのかな……。

 それが、とっても不安で……。


「……月、これから私も好きになれるのかな」


「答えは、今じゃなくても良いし。月はいつの夜だって、待ってるよ。そんな月が、私はずっと好きなんだ。こんなに綺麗なんだもん。天文部に入ったら、絶対好きにさせてあげるよ」

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