ジャンケン

 私は、今日の給食をずっと楽しみにしていたんだ。

 梨のゼリーが出る日なの。


 季節が変わるごとに、給食にゼリーが出る日があって、その時期に旬な果物のゼリーが出るの。

 みずみずしくて、とっても美味しいんだ。


 それに、秋は特別。

 私の好きな梨がゼリーになっているの。

 給食のメニューで見つけた時から、ずっと楽しみだった。



 私と同じく、梨ゼリーを楽しみにしていた小杉こすぎ君。

 昨日まで一緒になって指折り数えてたんだ。

 梨ゼリーまであと3日、2日、明日だー!って。



 けど、なんだか今日になって体調崩しちゃったみたいで。

 顔色が悪くて、午前中に早退しちゃったんだ。

 可哀そうだったな……。



 そのせいもあって、給食のゼリーが一つ余る事態になっている。


 給食が余ってる時はいつも、食べ終わるのが早い子からお代わりをしていく。

 給食が始まる前に、体の大きな大木おおき君が言いだした。


「余った梨ゼリーは、先に食べ終わった人がもらえるのな!」


 それって、すごく大木君に有利じゃないかな。

 いつも食べ終わるの早いし……。


 そう思っていると、小林こばやしさんが反論した。


「早く食べた人がもらうなんて、そんなの女子には不公平だよ!」


 その言葉に、大木君と小林さんが睨み合う。

 喧嘩になってしまいそうだったので、先生が仲裁に入った。


「大木君、公平にじゃんけんで決めるのが良いんじゃない?」


 先生がそう言うと、大木君は不貞腐れながら自分の席に戻って言った。


 給食を食べてる時も大木君は、ずっと余っている梨ゼリーを見ていた。

 まずは、自分の分を美味しく食べればいいのに……。


 大木君はすぐに食べ終わると、配膳台の上に残った梨ゼリーの所まで歩いていった。


「誰か、これ欲しいやついるか?」


 大木君は、強めの口調でそう言う。

 大木君以外の男の子達も、多分欲しかったんだと思うけれど、大木君の態度を見てみんな遠慮してるみたい。

 大木君が怖いのかも……。


 女の子も誰も名乗りをあげなかった。

 私も欲しかったけれど、もしジャンケンに勝っちゃったら、後で何されるか分からないし……。


「誰もいないなら、俺がもらうぞ」


 大木君がそう言うと、小林さんが歩いて配膳台まで行った。


「私も、欲しい」


 勇気あるなぁ、小林さん……。

 さっきも大木君に立ち向かって行ったし。


 小林さんは、小柄で眼鏡をかけてて。

 いつもは物静かに微笑んでるような子だけど、今日は違った。


「いいだろう、じゃあ勝負だ」


 睨み合う二人。


「「最初はグー! ‌ジャンケンポイ!」」


 大木君はパーを出した。

 小林さんはチョキを出していた。


 小林さんの勝ちだ。

 誰が見ても明らかだ。


 ジャンケンの結果に、大木君は怒り出した。


「は? ‌ふざけんなよ、小林!」


 小林さんに詰め寄る大木君。

 けれど、小林さんは全然怯まなかった。


「私の勝ちだから、これ貰うね」


 大木君が怒って今にも殴りだしそうだったけれど、先生が止めた。


「ジャンケンで勝負するって決めたんだから、勝敗に文句は言うな。カッコ悪いぞ」

「……だって」


 大木君は、泣き出しそうな顔で自分の席へと戻って行った。



 小林さんは、私の隣の席に戻ってきた。

 梨ゼリーを持つ手が震えていた。


「お疲れ様、小林さん。勝てて良かったね」

「ありがとう」


 怖い思いまでして勝ち取った梨ゼリー。

 さぞかし美味しいんだろうなー。


 小林さんは既に給食を食べ終わってたから、勝利の梨ゼリーを食べられる。

 けれど、一向に食べ始めなかった。


「あれ? ‌小林さん食べないの?」

「これね。小杉君に届けてあげようと思うの。小杉君すごく楽しみにしてたから」


 そう言う小林さんは、どこか嬉しそうだった。


 そのために、怖い思いまでして戦ったんだ……。



 力じゃ絶対に勝てない相手に立ち向かって。

 早食いでも勝てないだろうし。

 ジャンケンだったら、勝てる可能性はあるもんね。

 小林さん、カッコよかった。


 小林さんは、今になって勝てた嬉しさが湧いてきたのか、チョキを私に向けながら言った。


「怖かったけど、勝てて良かった。私、ジャンケンって好き!」

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