黒いセーター

 暑さ寒さも彼岸まで。

 昔から、そういう言葉は残っているけれども、初めに言った人は未来予知が出来るのでしょうか。

 今年もまた、ちょうど彼岸になったあたりから、東京は涼しくなってきてまして、私はびっくりなのです。


 長袖のシャツを着ているのですが、風が肌寒い。

 夜は特に涼しくて、体が震える。

 歩きを少し速めた。

 早く駅まで行っちゃいましょう。駅ならまだ暖かさもあるので。


 少し早歩きにしたので、すぐに駅へと着いた。

 駅のホームにいるサラリーマンさん達は、背広を着ている人も多くなっている印象だ。


 私も、そろそろセーターとかを着た方が良いかもしれないです。

 まだまだ衣替えの季節じゃないと思っていたのに、明日辺りにでも買いに行かないといけないかもしれません。



 ◆



 次の日は休みだったので、朝から最寄り駅まで買い物に来た。

 もちろん買うのは、セーター一択なのです。


 去年着ていたものもあるんですけれども、ちょっと袖の所に伸びすぎちゃって。


 心機一転。

 新しいセーターを買おうと思うのです。


 私は、オシャレなセーターなんて望んでいなくて。

 まずは第一に暖かいこと。

 そして、丈夫で、長く着れそうなこと。


 それだけを求めているのです。

 そうなれば、ここのブランド一択。


 値段も手ごろだからなのか、『量産型』と言われてしまうようなブランド。

 けれど、たとえ世間でそんなことが言われていようとも、私はここのブランドが好き。

 無地だから人を選ばないし、着心地だって最高なのです。


 皆さんには、言いたいこと言わせておけばよいですよね。

 見る人が見れば、最高だってわかるのです。



 そんな私からしてみれば、キラキラと輝くお店。

 そこにたどり着くと、お店の中に北沢きたざわ君が見えました。


 北沢君は、学年首位の男の子。

 メガネを付けさせたら右に出るものはいないくらいの知的な顔立ち。

 それでいて、身長も高くて。

 けれど、オシャレじゃなかったりするからか、女子からの人気は低い北沢君です。


 今日も一段と地味な恰好をしています。

 けれど、見る人が見ればわかるのです。 北沢君はこのお店のブランドの服を着ている。

 北沢君も、分かっている側の人なのです。


 そんな北沢君は、ちょうどセーターを見ているところだった。

 私は人に後れを取るのが嫌いなので、先に話しかけることを心掛けています。


「こんにちは、北沢君。こんなところで会うなんて運命ですね」


 高校以外で私とあるのが意外だったのか、少し驚いていた。


「あれ? 南川みなみかわさんだ。こんなところで会うなんて意外だね」

「いえいえ、どちらかと言えば自然の摂理なのです。私はここ以外の服屋さんには行かないのですし、きっと北沢君も」


「そうそう、僕もここ以外は行かないんだけれども、何で知ってるの?」

「北沢君を見ていれば分かります」


 私の言葉に、北沢君は不思議そうな顔をしていた。


 私も、棚に並べてあるセーターを触ってみる。

 やっぱりいい手触り。分かる人にはわかるのです。


「北沢君、去年もここのセーターを着ていたの知っています。ちゃんと見る目があるなって、私は一目置いていました」


 北沢君は少し驚いていたが、納得したような顔でセーターへと視線を戻した。


「僕も、南川さんがここのセーター着てるの知ってたよ。それも、僕と同じ色だったしね」


 セーターの手触りが暖かいせいでしょうか、なんだか頬まで暑い……。

 寒いのは苦手なので、北沢君がいて丁度良かったかもしれません……。


「今年のセーターは、何色にするつもりですか……?」

「去年と同じだけど、黒色にするつもりだよ」


 自分の頬が赤いとかは、私にはわかりません。

 もしそうだとしたら、この店の空調のせいにしましょう。


 私はセーターを見ながら北沢君へ答えた。


「奇遇ですね。私も黒いセーターが好きなのです。分かる人には分かるのですよね」

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