ファッション

 毎日毎日、学校、学校。

 家に帰ってからも、勉強、勉強……。


 ああ……、私はこんなに勉強をして、何を学んでいるんだろう……。

 勉強机にこんなこと言っても、何にもならないけれども。


 今日は私の話し相手になってよ、机君。


 そう言うと、心なしか机は「うん」と言ってる気がした。

 そんな幻想も見えるくらい、私は疲れているのかもしれない。


 続けて机に語りかける。

 私ってさ、何のために勉強しているんだろうね。

 よくわからないんだよ。

 大人はさ、「若い頃は、一生懸命勉強しろー」って言うじゃん?

 そんなに勉強が必要ならさ、勉強の目的をしっかりわからせて欲しいんですよ。

 高校生だってバカじゃなんだよ?

 むしろ勉強いっぱいしてるから賢いんだよ!


 お医者さんになるために、医学を勉強するとかだったら分かるんだよ。

 数学を勉強してる私は、別に数学者になりたいわけじゃないのよ。


 当たり前だけど、机は何も返事をしない。


 この机も実は大人なのかもな。

 毎日、何も言わずに私の愚痴に耐えて。


 机のことが、少しだけ愛おしくなって撫でてあげた。


 何も言わず、役目を果たす机君はえらいよ。

 えらい、えらい。


 そんなことをしていると、後ろでドアが開く音がした。


「おっすー。里美さとみ、暇してる?」


 ドアの辺りで、陽気な姉の声が聞こえる。

 大学生は自由でいいな……。


 ほんと、高校生って何のためにあるんだろう。

 私は青春をしたいのよ、青春を。


「見たらわかるでしょ。いま勉強中だよ」

「ええー、わかんないよー。それよりも、これ見てみて!」


 自由な姉だな……。

 しょうがなく振り向いてみると、姉は奇妙な格好をしていた。


 すっぽりと着ぐるみを被っているような恰好。

 顔の部分だけくりぬかれて、顔出しパネルのようになっていた。

 全体としては『ひょうたん』のような形で、スカート部分なのか腰の下あたりは少しだけ膨らんでいる。

 そこから姉の長い脚が見える。


『ひょうたん』の表面は、全身トゲトゲしていた。

 例えるなら、果物のドリアンみたいな。


 ちょうどそんな感じの緑色をしていた。

 ドリアンのような着ぐるみを着た姉。


「なにこれ」

「パリコレ」


 私の反応に対して、即座にしょうもない答えが返ってきた。


「お姉ちゃん……、しょもないこと言わないでよ。なんなのよ、この奇抜な服は」

「これすごいでしょ。私が作った服なんだよ。これ、学校でも賞賛の嵐だったんだから」


 姉は、嬉々としてドリアンの着ぐるみを見せてきた。

 その場でくるくると回って見せてくる。

 前も後ろも、トゲだらけかと思いきや、お尻の辺りはトゲが無くて、つるんとしていた。


 ……やっぱり変な服。



 こんな姉は、服飾大学に通っている。

 授業では、毎日こういうことをやってるのかな。

 大学って、やっぱり自由だな……。


「いいよね、勉強もしないで自由なことやってる大学生はさ」


 私は勉強机の方へ向き直る。

 すると、姉も勉強机の方へとやってきた。


「これが私の勉強なんだよ。何も机に向かって数字を計算するだけが勉強じゃないのよ」

「それが好きなことやってるって言ってるの」


 姉は、微笑んだ。


「一度きりの人生だよ? 好きなことやらなきゃ。今やってる勉強がつまらないならさ、そんなのすぐ終わらせちゃって、好きな勉強したらいいよ」

「それができたら苦労はしない……」


 言い返そうとすると、姉は私からシャーペンを奪い取った。

 そのまま、数学の問題集にすらすら答えを書いていった。


「ファッションやるにも、数学は必要なの。大学に行ったらわかるからさ、まずは目の前の事頑張りな?」


 姉はそう言って、シャーペンを私に返した。

 姉の書いた回答は適当に書いたわけじゃなくて、ちゃんと正しい回答に見える。


「お姉ちゃん、頭良かったんだ……」

「当たり前でしょ! 好きなことするためには、努力は惜しまないものだよ! 私、ファッション好きだもん!」

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