カフェオレ

 放課後の教室には、クラスの大多数の人が残っている。


 私の高校は二期制度。

 一学期と二学期だけだから、夏休みが明けるとすぐに期末テストがやってくる。


 夏休み中にしっかり勉強しておけーって先生からは言われたんだけど、大体の生徒はだらけちゃってて勉強をしてない。

 だからなのか、この時期には放課後教室に残って自習する生徒が多い。


 この現象のことを、私たちは『秋の勉強会』って呼んでいる。


 単純に、放課後に生徒たち同士で勉強をするっていう会っていうだけなんだけど、これが私の学校の名物になっている。



『秋の勉強会』をやることは先生たちも黙認している。

 一応先生は見回りに来るけれど、特に補習授業をするわけではなくて、生徒たちが自主的に自分たちで教え合う場になっている。


『秋の勉強会』なんて、誰かが呼び始めた名前だけど、そういう呼び方って代々受け継がれていくんだよね。

 この呼び方も先輩たちから受け継がれてて、良い風習は受け継ごうってみんなも同じ呼び方で呼んでいる。


 夏休みは目一杯遊んで、学校が始まってから猛勉強する。

 そのくらい毎日全力で過ごせーっていう思いもあったりして。


 良い習慣なのかは疑問だけれど、一人で勉強するよりもみんなで勉強をする方が楽しい気分になる。

 私はこの『秋の勉強会』が好きだったりする。



「みんな頑張ってるかー」


 教室のドアが開いて、先生が教室に入ってきた。

 先生は、放課後まで生徒を見守る義務は無いんだけれども、生徒達を想ってたまに勉強を見てくれるんだ。

 そういうところ、嬉しくなる。


「ほら、差し入れをもってきたぞー。先生の好きなコーヒーだ。これがあれば、集中力も継続できるだろう!」


 そう言って、パンパンに詰まったレジ袋を教卓に置いた。

 こういう先生の気持ちがありがたい。


 この時期はまだ暑いから、気を使って冷たいコーヒー飲料だった。

 ペットボトルに入っているクラフトコーヒーで、500mlの大容量。


 微糖やカフェオレも混じって、色んな種類があった。

 みんなは嬉しそうに先生の元へと駆け寄っていく。


「先生、さすが!」

「おう!」


「私たちのテストの点数、期待しててよね!」

「頑張れよ!」


 先生は、一人一人に答えてくれる。

 全部先生の自腹だと思うんだけれども、一体いくらくらいするんだろう。

 スーパーで、一つ百円で買ったとしても……。


 先生って、やっぱり尊敬しちゃうな。


 みんなが、我先にって取り入っちゃって私は出遅れてしまった。

 そうしたら、教卓にブラックコーヒーだけが残されていた。


 先生は、生徒達の多様性も考えて、色んな味を買ってきてくれたと思うんだけれど、こういう時ってブラックが残っちゃうよね……。



 先生の気持ちはありがたくて、優しさにこたえたいけれど、私はブラックは飲めないな……。


「どうした、水樹みずき? 遠慮せずに持っていっていいぞ? 体調でも悪いのか?」


 心配する先生の顔。

 せっかくの優しい先生の気持ちに水を差しちゃうようだから、それだけは嫌だな……。


 うーん。


 ……よし!



 先生の優しさに応えよう!

 私も大人の仲間入り!

 私はブラックのコーヒーを手に持って、先生の方を向いた。


「先生、ありがとう!」


 先生は、うんと笑顔で頷いて満足そうだった。


 先生の喜ぶ顔が見れたから良かったかな。

 ……ブラックコーヒー、飲めるかな……?



 少し心配になりながら席に戻ると、たちばな君が私の机の上にカフェオレを置いていた。


「俺さ、間違えて甘いの持ってきちゃったんだ。そっちのブラック、これと交換してよ」

「……え、そうなの? 交換しても良いけど……」


 私がそう言うと、橘君はさっと私の手に持っていたブラックコーヒーを奪っていった。



「チャレンジするのもいいけどさ、無理はしない方が良いぜ。変に自分を変えないで、自分に正直になるのが一番だよ」


 そういう橘君は、早速ブラックコーヒーを一口飲んで、苦そうな顔をしていた。


「……俺を反面教師と思ってさ」


 橘君、自分だって正直じゃないじゃん……。

 甘いのが好きなくせに……。


 私は席に着くと、カフェオレを開けて一口飲んだ。

 甘くて、優しい味がする。


 ……隣の席の橘君、苦そうな顔ばっかりして。

 ……カッコつけちゃって、バカだな。


 私は、横目で橘君を見ながら話しかけた。


「差し入れしてくれる先生もカッコいいって思うけど、ブラックコーヒー飲める人もカッコいいって思うよ」


 私がそう言うと、橘君は苦そうな顔を引っ込めて、少し笑顔になって飲み始めた。


「けど、ブラック飲めなくても、人の気持ちを分かってくれる人はもっとカッコいいって思うよ」


 橘君は飲む手が止まって、私の方を向いた。


「私の笑顔を見て、気持ちだけでも甘くなったらいいよ。カフェオレ、ありがとう。橘君が言うように、自分に正直にならないとだね。好きだよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る