つけまつげ

 なんだか今日は、化粧のノリが良くない。

 季節の変わり目っていっつもそう。

 まだ外は暑くて、夏みたいに汗もかくけれど、日陰は涼しくなってきてる。

 そろそろ乾燥も気になり始める。

 肌が季節に慣れるのに時間がかかっているのかな。


 そんなことを考えて、席で待っていると先生がやってきた。

 昨日まで半袖シャツだった先生が、長袖のシャツに変わっていた。

 先生は教卓に着くと、話始めた。


「最近涼しくなってきたから、みんな風邪には気を付けるように。それでは授業を始めます」


 季節の変わり目って、何かと大変だよね。

 日常の変化に置いてかれないようにしないとだね。


 今日は台風が来るっていうし、まだ朝だっていうのに外は暗いし。

 ふと窓に目をやると、窓に反射して自分の顔が見えた。

 ちょっと、目元の化粧が崩れているかも、片目だけ……。


 うー。

 やっぱりか。

 早く直したい。


「前回の続きから、教科書の56ページを開いてー……」


 授業中は、みんな黒板の方向を向いているからいいけれど。

 授業が終わって友達と顔を合わせたら、まずいな。

 休み時間になったらすぐトイレに行って、目元直してこよう。



 ◇


 ――キーンコーンカーンコーン。


「それじゃあ、今日はここまでにします」


 そう言って授業は終わった。

 先生が教室を出ていくと同時に私は立ち上がって、一目散にトイレへと向かった。


 ……私の目って、とっても小さいんだよ。

 つけまつげは、さすがに付けないんだけど、マスカラでどうにか自然な目元を演出していて。

 もう一回やり直そう……。


 急いでトイレに入ると、そこに安西あんざいさんがいた。

 明るい金髪が肩のあたりで揺れている。

 ちょっとギャル風の子で、そこまで仲良くはない。


 鏡を見ながらメイクを直していた。

 横目で私のことを見たけど、気にせずにメイクを続けていた。

 学校のトイレは広くないので、私も隣を使わせてもらおう。


 隣に行くと、安西さんが話しかけてきた。


「メイク直し? 北崎きたざきさんが朝からメイク直しなんて、珍しいね」

「……ちょっと今日は、目元が上手くできてなくて」


 私がそう言うと、安西さんはこちらを向いて顔を近づけて来て、目元をまじまじと眺めてきた。

 そして、少し微笑んだ。


「わかるー。私もさ、目元が今日決まらなくってさ」


 そう言って、鏡の方に向き直ると、左目につけていたつけまつげを取り始めた。


「ちょっと、こっち側やり直そうかな」


 つけまつげを取ると、安斎さんの目はとても小さかった。


「……可愛い瞳だね」

 ついつい言葉が出ちゃった。

 誉め言葉のつもりだったんだけれども、安西さんはちょっと怒った感じだった。


「つぶらな瞳って誉め言葉じゃないよ」

「あ、ごめんなさい。けど、私はつけまつげしてない時も、安西さん可愛いと思うよ」


 安斎さんは、ちょっとムスっとしながらも、照れているのか複雑な顔をしていた。


「メイクしないでも可愛いってたまに言われるけど、メイクって別人になれる気がして私は好きなんだ」


 安西さんは、一度外したつけまつげを再度左の目元付近へと持っていった。


「小さい目の私も、大きい目になれる。たったそれだけで自信が出て、幸せな気持ちになれる。私、つけまつげ好きなんだ」

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