9月

ハンカチ

 ――ウウゥーーーーー!


 大きい音で、警報が鳴る。

 授業中に騒いでいた子も、生徒たちは一斉に黙る。


「地震発生、地震発生!」


「速やかに、机の下に避難してください」


 黒板の上にあるスピーカーから、アナウンスが流れる。

 皆一目散に自分の机の下へと向かう。


 ――ガガガッー!


 一斉にみんなが椅子を引く音が、教室の中に響き渡る。

 その際には、誰も口を開かずに机の下へともぐりこんだ。


 ――ガタガタガタッー!



「みんな、机の下に避難できました?」


 先生は大きな声を出して、皆を安全に避難させようとする。

 生徒たちは一切喋らないでいた。


 しばらく静寂な時間が流れた。

 その後、またアナウンスが流れてきた。


「地震はおさまりました。速やかに机の下から出て来てください」



 アナウンスが終わると先生からも言葉があった。


「皆さん、ここまではは完璧です!」


 横を見ると、椅子に座る由香理ゆかりちゃんは、ニコッて微笑んでいた。

 由香里ちゃんも私も思っていることは同じだと思う。

 訓練はちゃんとできている。


「それでは、防災頭巾を被って校庭へ避難します! 列に並んでください」


 そう促されると、いつもの背の順で並んだ。

 前に並ぶのは私の親友の由香里ちゃん。


 背の順で並ぶと私の前にいて。

 いつも後ろにいる私にちょっかいを出して遊んでたりする。


 由香里は、いつものように私の方をチラッと振り返ってくる。

 私は首を横に振って、アピールする。


「(ダメだよ由香里ちゃん、今日は遊びじゃないから、真剣にやらないとダメなんだよ)」


 小声でそう言うと、由香里ちゃんはちょっと残念そうに前を向いた。

 可哀そうだけど、さすがに怒られちゃうと思ったからそう言ったけど……。


 由香里ちゃんの背中がすごく寂しそうに見えた。


「皆さん、地震が発生した際に合わせて火事が起こる可能性もあります。そういうことを考慮して、ハンカチを口に当てて、避難しましょう!」


 そう言われて、皆は自分のポケットからハンカチを取り出す。

 私もハンカチを取り出して……。


 あれ? 私のハンカチが無い……?


「人数も確認できたので、皆さん行きますよ! 送れずについてきてください!」


 マズいな……。

 一人だけハンカチしてないで、まるでハンカチも持っていない不潔な女の子みたいな……。

 どこかで落としちゃったのかな……。

 うう……。なんだか恥ずかしい……。


 由香里ちゃんが、ちょこちょこ振り返ってくる。

 私はその度に、前を向くようにジェスチャーをした。

 色々言いたいことがあるんだろうけど、今は訓練中だよ。


「(真妃乃まきのちゃん。わたしね、ハンカチ二つ持っているよ! これ使っていいよ!)」


 由香里ちゃんはそう言うと、私にハンカチを手渡してくれた。

 可愛いピンク色をしたハンカチ。

 無地で端にはレースがついている。少し大人な雰囲気を感じるハンカチ。

 ちょっと高そうな雰囲気さえ感じる。


「(これ……いいの……?)」

「(いいから、いいから! 私の大事なハンカチだけど、真妃乃ちゃんなら貸してあげるよ!)」


 そう言って、笑ってくれる由香里ちゃん。

 私は良い友達を持ったな。

 ありがとう。由香里ちゃん。


 ハンカチを口に当てる。

 そうすると、由香里ちゃんの優しい香りが香ってきた。

 とても良い匂い。


 ふわふわしていて、肌触りも良くて。

 今日使っていないのはもちろんだけど、買ってからまだ一回も使ったことが無さそうな感じさえした。


 由香里ちゃんの大事なハンカチ。

 それを貸してくれる。


 その優しさがとても嬉しかった。

 今度私もこれと同じハンカチ欲しいな。由香里ちゃんがこのハンカチを気に入ったように。

 私もこのハンカチが好きになった。

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