焼肉

 鈴虫が鳴く時間帯。

 最近は、夜も段々と涼しくなってきた。

 この季節が一番過ごしやすいなーって思う。


 毎週決まった曜日に習い事がある。

 今日は水泳教室だった。

 それが終わって、疲れた足を引きずって外のベンチへとやってきた。


 ベンチに座ると、疲れた足を前方へと放り出して、上半身をベンチの背もたれに伸ばした。

 私の体は、とってもだらけたポーズになってる。

 その状態で一度伸びをして、休憩をする。


「今日も疲れたよー」


 そんな私の言葉にも、お母さんはちゃんと反応してくれる。

 遅れて、私の隣に座ったお母さんは、私をいたわってくれた。


「お疲れ様。久しぶりに学校も始まったし、疲れたでしょ?」


「そうだよー。私は仕事を二つもやっている感じだよ。ダブルワーカーだよー」


 お母さんは、私のしゃべるくだらない話にも優しく笑って聞いていてくれる。

 水泳教室終わりのベンチでの休憩。

 私は、この時間がとても好き。


 お母さんと二人で、今日のご飯は何にするかとか話すんだ。


「お母さん、今日はさ、お肉が食べたいな!」


 お母さんは、私を見ると微笑んでくれた。

 その後、引き締まった顔をして電話を取り出して、電話をかけた。


 いきなり電話でも来たのかな?

 相手は誰だろう?


「お父さん、真紀乃まきのがピンチなの。肉食べに行くから今すぐ駅に来て!」


 肉を食べる。もしかしてそれって……?



 電話をしてから、10分もしないでお父さんの車がやって来るのが見えた。

 車が見えると、お母さんはすぐさま立ち上がった。


「真紀乃、行くよ! 肉!」

「う、うん」


 お母さんに促されて、走って車の後部座席に乗り込んだ。

 乗り込むとすぐに、お父さんは私に声をかけてきた。


「真紀乃、大丈夫か?」

「う、うん。大丈夫だよ」


 私の返事に、お母さんは首を振った。


「真紀乃、無理しちゃダメよ? 今日はお肉を食べて、元気出しなさい」


 その言葉を聞いたお父さんは、バックミラー越しに私を見てきた。

 バックミラーに心配そうな目だけが映る。


「真紀乃、元気ないのか? それなら、今日はお肉を食べて元気を出すと良い」


 何でか分からないけれど、二人の圧が強い。

 私が元気ないって言ったからなのかな?

 けど、二人共にお肉を食べたいっていう気持ちがすごく強い気がする。


 焼肉屋さんは、ここから近い。

 車で行くなら数分で着く所にある。

 お肉のことは気になったけど、何かしゃべっても、お肉食べろって言われそうだから黙っていた。


 そうしたら、車はすぐに焼肉屋さんの前まで来た。

 大きなのぼりが出ていた。


『焼肉の日、大セール』



 今日って焼肉の日なのか。

 それでセールをやっているんだね。


「お、今日は焼肉の日らしいね、お母さん!」

「そうなのね、ちょうど良かったわね、お父さん!」


 なんだろう、このお父さんお母さんのやり取り。

 これ、今日がセールって知ってたんだな、二人共……。


「真紀乃、食べ放題にするから、好きなだけ食べるんだぞー!」


 なんだかちょっと、はめられた感じがするけど。

 それでも、陽気に浮かれるお父さんお母さんは良いなって思った。


「お肉食べて元気出すよ! 私焼肉大好きだからね!」

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