歯ブラシ

 歯ブラシを二つ、洗面所の鏡の前に立てる。

 それぞれが使うコップの中に立ててあるの。


 それって、二人暮らしをするとしたら憧れてるんだよね。

 けど、歯磨き粉は一つだけ。

 それは二人で同じ歯磨き粉を共有してるってこと。


 歯ブラシの色の理想は、ピンクと黒。

 それが二人暮らしって感じがするよね。



 歯磨きをする時は、二人で一緒のタイミング。

 鏡を一緒に使うんだけど、身長差があるから被らずに使えるの。

 二人トーテムポールみたいな感じで。

 鏡越しに目があったりして。


 ニコニコって笑い合うの。



「そういうのっていいよねー」


 家具を見ながら、ヒロシ君に妄想の話をしてみる。

 けど、ヒロシ君はあまり聞いてなさそうで、家具を真剣に見ていた。


 今日は、ヒロシ君と大型家具店に来ている。

 ヒロシ君が、四角い置き時計が壊れたって言うから買い換えるのが目的。

 そのついでに家具を見たりする『デート』ってやつ。


 家具の見本は、実際の部屋のように配置されていて、それぞれの商品に値札が付けられている。


 洗面所のコーナーだったので、ついつい楽しくなって話してたのになー。

 聞いてないんだもんなー。


「ねぇ、ヒロシ君、聞いてた?」

「あぁ。聞いていたよ。僕はもう少しスタイリッシュに『浮かす収納』が良いと思うんだ」


 真面目な顔で私の方を見つめて、そうやって言ってきた。


「コップみたいな濡れてる物を直に置くのは、カビの温床になるんだよ。ましてお風呂場の前なんて湿度も高くなるし」


 なんだかわからないけれど、ヒロシ君のスイッチが入ってしまったらしい。


「口の中に入れるものなら尚更清潔にしておきたいし、掃除の観点でもとても楽になるんだよ。『浮かせる収納』っていうのは」


『浮かせる』について、力説してくる……。

 そういうのを求めてた訳じゃないんだけどな……。

 一緒に生活している妄想を共有して、なんかキャッキャウフフってしたかったんだけれども……。



 私の顔は眉間にシワがよってだと思う。

 そんな私の顔を見てなのか、ヒロシ君は慌てて言い訳し始めた。


「ごめんごめん、けど中途半端に妄想するよりもより具体的な妄想を持った方がリアルに感じられて良いかなって……」


 ヒロシって真面目なんだよね。

 もう少しロマンチックなところがあってもいいのにな。


「もちろん僕が掃除する前庭で、なるべく掃除は手短に済ませて、芽衣めいちゃんと過ごす時間を長くしたいなっていう……」


 ……なんだ。

 ロマンチックなところもあるじゃん。

 慌てて取り繕ってるヒロシ君。

 恥ずかしいこと言っちゃったのに気づいて、更に慌ててるヒロシ君。


 ……ふふふ。

 もしも今後‌一緒に済むことがあったとしたら、ヒロシ君が掃除してる時間も私は後ろでお話してるよ。

 恥ずかしいから、口に出して言ってあげないけどね。


 何も言わないで黙ってる私を見てどうしたらいいのって慌て続けてる。


「いや、えっと、『浮かせる収納』って今流行ってて、なんというかオシャレだし、芽衣ちゃんオシャレ好きだし……、えーっと、あとあと……」


 ヒロシ君って、可愛いなー。

 答えてあげよう。



「わかったよ。ヒロシ君がさんのことが好きなことはわかったよ。そんな歯ブラシ置きと、毎日一緒にいてくれる君のこと、私も好きだよ」

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