ハッピーサマーバレンタイン

 夏は暑くて溶けちゃいそう。

 三十九度も超えると、人間ってとろけちゃうよね。

 そんな夏の天気。


 日の光がとても眩しい。

 紫外線の強い夏の日差しは、本にとっては大敵。

 私は部屋中のすべての遮光カーテンを閉めて回って、貸出カウンターへと戻ってきた。

 これも図書委員のお仕事です。


 図書委員は、夏休みでも活動することになっている。

 学校の図書室を地域の人にも開放していて、その対応は図書委員がすることになっている。


 休みに入る前に比べると、夏休み中は図書室に訪れる人は少ない。

 まして、お盆に学校に来る人なんていないんです。


 静かで。

 人もいない。

 図書委員は、二人で対応することになっている。


 誰もいない図書室。

 こんな広い図書室なのに、カウンターの中に二人で寄り添うようにいる。


「先輩、図書委員ってなんで夏休みも活動するんですか」

「それが、図書委員の宿命ってやつだよ」


 なんか、カッコ良いこと言ってる。

 先輩は、中二病に目覚めちゃったのかな?

 先輩が話を続けてくる。


「家でも本読むし、どこで本読んでも一緒かなって思うよ。図書室嫌い?」

「いえ、大好きです。図書室って落ち着きますし」


 私がそう言うと、先輩が爽やかに微笑む。

 もうちょっと、中二病成分が抜けてくれたら良いなって思うけど。

 眼鏡を上げる時の手も、顔を覆い隠すようにして中指でクイって。


 悪い人じゃないんだけどね。

 私と話している時でも、ずっと本の方を向いて一生懸命読んで。

 どんな本に夢中になっているのかな?


「先輩は、何を読んでるんですか」

「これはね、お菓子作りの本だよ」


 えーウソー? 先輩にそんな趣味があったんだ。

 意外だなぁ。先輩の事だから、中二病っぽい何かを読んでるかと思ったのに。


「僕は、気づいてしまったんだよ。お菓子は人を幸せにするんだ。甘いものを食べると脳は幸せを感じるらしい」


 先輩って、博識だと思うけど喋り方とかのイメージかな?

 なんだか胡散臭いんだよね。


「今年の二月に、君からバレンタインデーのチョコをもらっただろ。それのお返しをしようと思ってね」

「え? みんなに一斉に配ったあれですよね? それってホワイトデーにもらった気がするんですけれども……」



 うーん。

 先輩ってやっぱりよくわからない。

 好意的って思っておけば良いのか、何なのか。

 本当にそんな日が存在するのかも怪しく思えてくる。


「いや、真面目な話。こんな暑い日に学校まで来るの大変だって思って。僕からの差し入れ」


 先輩は、おもむろにクーラーボックスを取り出して、開けた。

 中から冷たい冷気が出てくるのが見える。

 涼しい空気も私の元までやってきた。


 先輩は、クーラーボックスからチョコレートを取り出した。


「夏休みは暑い日も多いけど、図書委員頑張ろうね!」


 中二病成分が抜けてる先輩は、ちょっとカッコよく見えて私は良いと思う。


 もうしばらく先輩を観察してみようかな。

 次のバレンタインデー頃には、中二病が抜けてるといいな。


 暑い夏に、冷たく冷えたチョコレート。

 先輩の言う通り、甘い物は私を幸せにしてくれるな。


 私を思って、冷やして持ってきてくれたところもプラス要素です。


 ハッピーサマーバレンタイン。

 キザな言い方だったけど、そういうのも意外と私は好きかも知れない。

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