夜の一人部屋。

 日によっては秋の虫も鳴いているのが聞こえる。

 日中はとっても暑い夏の日でも、立秋も過ぎると夜は少しだけ涼しいもんね。


 夏休みも中盤程。

 宿題もほとんど終わらせてあるので、夜の一人部屋なんて自由空間と呼ぶ以外に無い。



 何をやっても良い気分になる。

 しなくちゃいけないこともないし、誰も見てないし。

 この前、イヤホンも手に入れたんだ。

 これで、部屋の鍵も閉めちゃえば、私の『国』が完成だね!

 快適、快適。

 うちわを仰ぐ、召使いでも居ればこの部屋は天国だって感じてたよ。


 そんなことを考えてると、雅君から電話が掛かってきた。

 急いでイヤホンを繋いで、電話に出た。



「はい、もしもし。こちら、寛子王国であるぞ。大臣よ、どうしたのかな?」


 彼は、私の国『寛子ひろこ王国』の国民にして、最も有能な大臣。

 私が王様だとしたら、王様が楽しむのを補佐するのは大臣だよね?


 大臣どうしたんだろ?

 しばらく待ったけど、返事は返ってこなかった。

 冗談が通じないなんてこと無いと思うけど……、心配だから謝っておこう……。


「……冗談です。ごめんなさい。怒らないで、まさ君。何の用だったの?」


 謝りながら、雅君が電話をかけた理由を確認する。


「寛子様、海と山とだったらどちらが好きでしょうか?」


 ちょっとふざけちゃったけど、ちゃんと私のおふざけにも乗ってきてくれる所が優しいなって思う。

 もう一回王様ごっこの続きをしよう。


「海はこの前侵略しに行って成功したではないか。今度は山が良いと思う。山を攻略しようぞ!」


 私は未成年で、特に酔ってもないけれど、こういう『ごっこ遊び』が好きだった。

 恥ずかしいから、ずっと内に秘めてたんだけど、雅君だけは乗ってきてくれることに最近気づいた。


「御意。貴方様の思うがままに致しましょう。つきましては、今度攻略する対象の山は東京西部にあります『高尾山』等いかがでしょうか? ‌初めての山攻略としては良いスポットと思われます」


 そう言って、雅君は細かくデートプランを話してくれるのであった。




 かくして、今日のデートは山登り。

 高尾山まで来ていたのだった。


 雅君のプランの説明で言われるがまま、長袖長ズボン。

 ツバのある帽子を被って、大きい水筒もカバンに入れて来た。


 けど、意外と軽装の人もちらほら見えた。


「雅君、意外と軽装の人が多いけど、これで良かったのかな? 気合入れすぎじゃない?」

「大丈夫です、女王陛下。虫も多い故、半袖など着て来たら、後々後悔致します」


 そうだ、今日は女王様役なんだっけ。

 けど、外でやるのは恥ずかしいな。

 そう思っていると、雅君はひざまずいて手を差し出してきた。


「こちらの山まで足を運んで頂いたこと、決して公開はさせません。私に全てお任せくださいませ。陛下」


 そう言って、手の甲にキスをしてくる。


 まぁ、雅君だったら許せるけど……。

 外でやるのは恥ずかしすぎるよ……。


「もう少し、普通に接してくださいませ」


 少し小さい声で雅君にそういった。

 そうしたら、雅君もちょっと笑って立ち上がった。


「俺、山好きでさ。寛子に目一杯、山を好きになってもらいたいんだ」


 ごっこ遊びではなくて、自然に笑う雅君。

 そして自然に手を引いて山を進んでいく。


 こういうところも、普通に好きなんだよな……。


 私は、ニヤッとした顔になってたと思う。

 そんな状態だったけど、前を向いている雅君には表情が分からないと思って、その状態のまま言った。


「ありがとう、雅君。私も山好きになるよ。今日、絶対に!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る