風鈴

 風が強く吹くと、ちりんちりんって綺麗な音が鳴る。

 その音は、夏の暑さを弱めてくれる気がする。


 私の部屋では、カーテンレールに付けてあって窓を開けると風鈴の音が鳴る。

 夜は、節約って親が言うから。

 一人部屋なのに、冷房はもったいないんだって。

 しょうがないから窓を開けて寝るんだけど、その時に風鈴が鳴ってくれると涼しさを感じることができるんだ。


 夜だって暑いんだよ、お母さん。



 そんな私にとっての必需品になっている風鈴なんだけど、この前壊れちゃったんだ。

 カーテンレールに付けていた紐が切れちゃって、そのまま床に落下。


 その時は血の気が引いたよね。

 鳥肌立っちゃって、涼しい思いをしたんだけど。

 逆にその日は寝れなかったし。


 私のお気に入りだったのにな……。


 それから毎日暑い夜が続いてた。



「……ってなことがあってね。私、風鈴が欲しいんだよ」


 夜中、彼氏に向かって愚痴を言う電話。

 一人部屋の利点は、こういうところにあるよね。


「そんなに風鈴好きだったんだ? 今度さ、『風鈴市』っていうのがあるから行ってみる?」

「えっ? 何それ、気になる気になる! 情報通だなー、大翔ひろとは!」


 そんな感じの二つ返事で決まって。

 私と大翔は風鈴市に行くデートの約束をした。



 ◇



 やっぱり夏は暑い!

 いや、まだ私の中では夏じゃないんだよ。

 梅雨が明けたら夏だって思ってるのに、一向に梅雨明け宣言しないし。


 宣言ってなんだよーって思う。

 プロポーズみたいなものかよーって。

 それなら、なおさら早くしてよ、焦れったいなーって思うよ。


 宣言を早くして、明日からは正々堂々と『夏』お届けしますって言ってよね。

 そんな宣言も無いのに35度超えたりする日もあって。

 やっぱりもう夏なのかな? 今日もとっても暑い。


「大翔、暑いね」

「そうだね。二十四節気名で言うと、もう大暑たいしょになるからね。熱いのも当然だよ」



 ……大翔はいつも理屈っぽい。

 黒縁の眼鏡かけて、そこもなんだか暑苦しい。

 なんだか張り切ってるのか、風鈴市だからってメンズな浴衣着てきてるし。

 しかも、紺色……。

 全部が全部暑くて。イライラしちゃうな……。我慢我慢。



 そもそも、浴衣で来るっていうなら言ってくれれば揃えるのに。

 私は、夏っぽく涼しいように白いワンピースに麦わら帽子な恰好。

 ギャル風な服装にしなかっただけましだけど……。


 完全にミスマッチを起こすところだったよ。

 まったく……。


 人の意見を聞かないで、すたすた歩いちゃうし。


 大翔の後ろ姿。

 ……スタイルは良くて好きだけどね。


 ちょっと走って追いついたら、大翔が先に行かないように腕を組んだ。

「大翔、一緒に歩こうよ!」

「あ、ごめん。はやる気持ちが抑えられなくて」


 あれ? 大翔も楽しみにしてるのかな、風鈴市?

 小首をかしげて可愛く聞いてみる。


「風鈴市、楽しみにしてたの?」

「そうだね。すごく楽しみで調べ過ぎちゃったよ。この風鈴市はね、四年ぶりに開催してて、全国からご当地の風鈴が集まるんだ。しかもね、それらはちゃんと売り物になってるから、気に入ったのをその場で買えて。僕はね、やっぱり東北地方の風鈴を推してて……」


 私は、大翔のこういうところが好きだったりする。


 デートに誘ってくれたのに、つまらなそうにしてる人もいっぱい見てきた。

 付き合う前だけ優しくする人とかもいっぱいいた。

 けど、大翔はそういう人とは違くて。

 ……やっぱり大翔は良い。


「大翔って風鈴好きなんだね!」

「好きじゃなきゃ誘わないし、こんな格好でも来ないし。僕がインドア派だって知ってるでしょ?」


 たまに喋り過ぎなところもあるけどね。ふふふ。


「私も大好きだよ、風鈴!」

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