図書室の一番奥の席

 昼休みに図書室で読書をする。

 私はそれを日課にしている。

 毎日図書室の本に囲まれて。

 ここで呼吸をしているだけで心が安らぐ。


 本の世界にいるみたい。


 私のいつもの指定席。

 図書室に入ってすぐ右を向いて、そこから壁沿いに奥へと進んでいった先。

 そこが私の指定席。


 ここは、図書室に出入りしている人からは死角だし、貸出カウンターにいる図書委員さんからも見えづらい位置にいる。


 ここは私だけの空間。

 ここで毎日本を読むのが幸せ。


 そんな私のパーソナルスペースに、今日は人が入ってきている。

 こんな広い図書室で。

 席もいっぱい空いているのに。

 わざわざ私の隣に来て。

 それも、すごく席を寄せてきている。


「……あの、少々席が近いかと思われるのですが」

「えー? そういうの気にしちゃう?」


 身なりは金髪で、制服にはないデコレーションされたリボンをつけて。

 一度も喋ったことが無いお方。

 確か名前を、友里ゆりさんとおっしゃったはず。


「ねぇ。なんの本読んでるの?」

「……」


 ……精神的な距離も少々近いでございます。

 私は少し苦手かもしれないタイプなのです。



「ねぇねぇ?」

 本の斜め下から私の顔を覗き込んで訊いてくる。


 ……一体何がしたいのでしょうか。

 こういう時は少し強めに言わないとですね。


「図書室では静かにしてもらえませんでしょうか?」


 私は、声を荒げずに、平坦なイントネーションで言いあげる。

 心を平穏に保てばなんてことは無いのです。



 友里さんは下唇を出して、むっとした顔。

 これに懲りてくれれば良いのですが。


「ねぇねぇ。何読んでるの?」

「……」


 友里さんは、先ほどよりも小さな声で訊いてきました。

 ……小声で訊けば良いというものではございません。


 いっそ答えてあげれば、どこかへ行ってくれるのでしょうか。


「こちらは、『女神の祝福』という本でございます」

「それってどんな話?」



 ……何で食いつくのでしょう。

 すごく目がランランとして。


「友里さんも、本を読んではいかがでしょうか?」

「わたし本とか読めないんだよね」



 ……疑問しか湧かないのです。


 そしたら、なぜ図書室にいるのか。

 何で私なんかに絡んでくるんか。


 疑問に思ったら、解決しないことには本に集中できません……。



「……あの。友里さんは、なぜ図書室にいらっしゃるのですか?」

「私、図書室の雰囲気って好きなんだ」


 そういって、少しだけ私から離れた。


「図書室にいる子も好きでさ。なんかカッコいいじゃん。絵になるっていうかさ」


 両手の人差し指と親指で長方形を作り、そこから私のことを覗いている。


「私ってさ、写真が好きなんだよね。実は写真部なの。今度の被写体にさせて欲しいんだ美園みそのさん」



 私は驚きで、瞬きが止まらなかった。


「……わ、わたしでしょうか?」

「とっても、図書室が似合ってるよ」


 友里さんの屈託なく笑うその顔は、私が見てきたどんな人よりも可愛らしかった。


「美園さんに会いたかったら、昼休みにここの席に来たら良いんだね?」

「……はい」


 良くわらかないですが、何やら私の中に恥ずかしさがこみ上げてきたのを感じました。

 友里さんのことが直視できずに、うつむき加減で返事をした。


「いつもこの席なんだよね。お気に入りなんだね?」

「はい。私は、図書室の一番奥の席が好きです。……嫌な人からは邪魔されない席なので……」

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