ドーナツ

 まーるいドーナツ。


 ドーナツって、穴が空いてるんだよねー。

 真ん中に大きな穴が空いてる。


 胸の真ん中に大きな穴が空いてる今の私みたいだね。


 甘いところとかも、ぜーんぶ一緒。


 ね、ドーナツさん。

 私の名前もドーナツなんだ。

 安藤あんどう奈津子なつこ

 名前に『』って入ってるでしょ。

 みんなからも、『どうなつちゃん』って呼ばれたりするんだ。



 ドーナツ屋さんで食べるドーナツは、甘いはずなのに。

 1人で食べると、切ない味がする。

 他の席にはカップルがいっぱい。

 ……私は一人。



 ため息をついて、穴の先を見る。

 そこにあるのは空席だけ。



「はぁー……」


 ため息をつきながら、ドーナツの穴から見える先をしばらく眺めていた。

 穴から見えるのは、小さな世界。

 こんな私の世界には、彼しか見えなかったのにな……。



 そう考えていると、ドーナツの穴から見える空白の席に人影が入ってきた。


「相席、いい?」


 空席に入ってきたのは、清水しみず先生だった。

 顔を傾けながら、ドーナツの穴越しにこちらを見てきて。

 長い髪をセクシーに耳にかきあげている。


 思わず立ち上がってしまった。

 慌てて、持っていたドーナツをお皿に戻す。

 そんな私の姿に清水先生は笑っている。


「物思いにふけってどうしたの? 窓から見えたからついつい入って来ちゃったよ」


「清水先生こそ。こんなところに……」

 私はしどろもどろになりながら答える。


「ここって、駅前だから先生達もみんな通るよ」

 清水先生は上品に笑っている。


 清水先生は国語の先生。

 たまに質問しに行ったりしても、丁寧に答えてくれる。


「悩んでることあったら聞くよ。小説のになるしね」


 そう。私だけには教えてくれたんだけど、清水先生はWebで小説を書いているらしい。

 読んだことないけど。

 事あるごとに、今の流行とか、どういうことが好きかっていうのを聞いてくる。

 だから、勉強以外の悩みにもいつも乗ってくれたりして。


 ……先生になら、話してもいいか。



「あのですね。私、昨日私フラれちゃって。清治きよはる君ていうサッカー部の人」


 神妙に話し出す私に、先生は微笑みながら聞いてくれる。


「へぇー。青春だねぇ。何が原因?」


 先生は、鞄から手帳とペンを取り出した。

 生徒の悩みを聞くっていうのは口実とかじゃなくて、がっつりネタを仕入れに来たのね……。


「なんか、勉強と私との事が両立できないって言われました」

「それでそれで?」


「それで、一方的に連絡してこなくなって」

「で、どうなった?」


 先生は、ぐいぐい来る。

「……そこまでです。私よりか勉強を取るのかって思っちゃって」



 ぐいぐい来た先生の質問が止まった。

「何それ。じゃあ、一緒に勉強でもすればいいじゃん」


 あっけらかんとそういうと、持っていた手帳を閉じた。

 私の反応を待たずにニコッと笑いながら続ける。


「私が清治に話しといてあげるよ。明日二人で居残りね! そうすれば、勉強もできて二人共仲直りできるよ!」


 先生は満足そうに笑っている。


「恋する女は、視野が狭くなってるからね。先生に任せなさい! ちゃんと小説のネタにもするから大丈夫!」


 どう大丈夫かは分からなかったけど、先生への悩み相談はいつも良い方向へ向かうのだ。

 きっと今回も上手く進みそうな気がしてきた。



「ありがとうございます。先生」

「ふふ、心配しないで。私、ちゃん好きだから!」

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