夏至

 帰りの会。

 日直の人が司会進行して喋ってる。


 ……ゆっくりと、丁寧に。


「先生、他に何か連絡事項はありませんか?」


 全部言い終わるのに五秒はかかった。

 時計の秒針が一つ動くうちに何文字喋っているのか。

 私だったら、その間に全部言える自信がある。


 五分の一の時間だよ。

 その間に喋り終われば、残りの五分の四は遊べる時間なんだよ。



 早く終われー……。

 帰りの会早く終われー……。



「特に連絡事項はありません。じゃあ最後、挨拶をして終わりにしましょう」


 先生がそう言うと、日直の子が号令をかける。


「起立」


 ガガ一っと椅子を引く音が鳴る。


 皆が立ち上がるまで五秒。

 みんな早く立ってー……。


 椅子を引く音が鳴り止んだ。



 それでも日直さんは号令を出さない。


 後ろを振り返ると、日直さんは周りをきょろきょろ見ている。

 立ち終わった皆の姿勢なんて気にしなくていいよ。

 早く早くー。



「礼」


 私だけワンテンポ早く頭を下げていた。


「先生、皆さん、さようなら」


 皆が頭を下げている間に、私は頭を上げていた。

 よし終わった。


 急いで教室のドアを出ると、直樹なおき君が廊下を曲がるところが見えた。


 ……まずい。

 ……先に行かれた。


 ほんの少しだけうちのクラスの帰りの会が終わるの遅かったか。悔しい。

 けどここで慌てちゃダメ。

 廊下は走らないのが私のポリシー。


 早歩きまで。


 競歩の選手を見て、前歩き方を学んだんだ。

 こう右左ってリズミカルに足を前に出して。


 うう、遅れを取ってしまったな。


 家は直樹君の方が近いだろうし。

 それでも走らずに競歩のようにして家へと急ぐ。 横断歩道は、右見て左見てまた右見て。


 良し!


 手を挙げて渡る。



 ようやく家についた。

「お母さん、ただいま! ‌公園で遊んでくる!」


 そう言いながら、玄関にランドセルを置いて家を出ようとすると、お母さんが止めてきた。

「ちょっとあきら。宿題やってから行きなさい」


 ……ああ。捕まってしまった。

 これは、直樹君に先越されちゃうな。

 しょうがない。


 けど、まだ諦めるには早い。

 直樹君も宿題やってるかもしれない。


 早く終わらせよう。

 今日の宿題は、漢字の練習だけ。

 玄関でやっちゃおう。


「お母さん、すぐ終わらせて遊びに行ってくるよー」

「はーい」


 やる事をやればお母さんは優しい。

 良し、丁寧に漢字を書いて。


 直樹君の直って字だ。

 これは、直樹君の有利だな。

 そうは言っても、綺麗に書かないと。

 なんか悔しいけど。


 よし。できた。


「お母さん行ってくる!」

「暗くなる前に変えてくるのよー」



 ◇



 走って公園に着くと、直樹君の方が先についていた。

 思った通り、ブランコは先に取られてしまっていた。



 間に合わなかった。



 暗くなるまで帰らないとだけど。

 しょうがないから順番待っておこう。


 帰りの会の時間が長く感じた以上に、ブランコの待ち時間は長く感じる。


 太陽さん。

 まだ暗くならないでね。


 そんな風に祈ってると、直樹君はブランコを降りてこちらへ向かってきた。



 あれ?

 終わるの早い……。


「今日は夏至っていうらしいぞ! ‌昼の時間が最も長いんだって。暗くなるまで、まだまだ時間があるから代わってあげるよ」


「え、本当に? ‌ありがとう!」


 直樹君って、本当は優しい子なんだな。

 嬉しい。


 これもそれも、夏至ってやつのおかげなんだね。

 遊ぶ時間も長くなるし、ブランコも代わってくれるし。


 夏至って良いね。

 好きになっちゃう。

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