甘くて暖かいコーヒー

「期末試験ってなんであるのー」


 暑い。

 公立高校の自習室。

 最近空調がついたんだよ。

 けど、そうは言ってもですよ。


 なんで温度制限されているのー。

 なんでこれ以上温度下げられないのー。


 暑い。



 こんなんじゃ勉強に身が入らないよ。


 ああー。



 ぼーっとする頭で自習用のノートに目をやる。


 なんだか数式が踊ってるみたいに見える。

 こりゃー、集中力切れてるな……。はは……。


 背もたれに伸びをして、寄りかかる。


 はぁ。ちょっと休憩しようかなー。



 リラックスした体制のまま、再びノートに目をやる。



 ノート上の「踊る数式」を見ていると、なんだか4コマ漫画みたいに見えてくる。


 数式って、『イコール』で繋げていくと物語みたいだよね。

 最初のコマに、前提となる設定が放り込まれるんだよ。


 それを読み取ったら、次のイコールで受け継いでちょっと整理される。因数分解っと。


 起承転結の『転』じゃないけど、トリッキーな因数分解も必要になる時があって、そこが難しいんだよね。

 それができれば、あとはオチに向かって一直線。


 最後のイコールを書いた右側。

 数字ちゃん、xyちゃんはルートの中にいたのにー。

 なんだかテンション上がって、出てきちゃった!


 二乗の印は、元気二倍ってことだね。

 ルートの中から出ておいでー。ってね。


「……おい。なに一人でぶつぶつ言ってんの、眞規子‌《まきこ》。大丈夫か?」


 気付いたら、隣に健司けんじ君が立っていた。


 あ、いけない。

 全部声に出てたのか。

 ……恥ずかしい。


 聞かれたのが健司君だけで良かった。

 自習室を見渡しても、私と健司君以外誰もいなかった。


「何か疲れてるみたいだから、コーヒーでもやるよ」


 健司君はブラックの缶コーヒーを机の上に置いてくれた。


 ブラックって苦くて飲めないんだよなー。

 自分はコンビニで買ったカフェオレ飲んでるくせになー。


「せっかくだけど、私は甘いのが良いです」

「え? ‌こっち?」


 健司君は、怪訝な顔をしながら飲みかけのカフェオレを渡そうとしてくれた。

 あ、いや、そういうことじゃなかったんだけど……。


 これ飲んだら、健司君と間接キッスになっちゃうよ……。

 ラッキースケベはダメです!


 私は清純な女の子。

 ダメです、ダメです。

 絶対ダメです!


「眞規子、さっきから思ってること全部口から出てるぞ? ‌大丈夫か?」


「え? ‌やだ。また。……恥ずかしい。あははは……」


 恥ずかしさをごまかそうと、よそ見しながら手をバタバタ横に振ってみせた。


 健司君は私の様子なんて気にせずに、私のおでこに自分のおでこを当ててきた。



 こつん。



 ……あったかい。



 バタバタしてた手が、その場でフリーズしてしまった。

 健司君のおでこの暖かさが、じわじわと私のおでこに移る感じ。

 目なんて合わせられないから、手を振った時と同じくずっとよそ見したまま。


 数秒間のはずなのに、何時間にも感じられた。




「大丈夫だな」


 暖かなおでこが離れていった。


「熱でも出てるかと思ったよ」


 離れた後で、私の顔が急に熱くなるのを感じた。



 健司君は、自習室にある自動販売機のところへと向かっていった。


「甘いので良かった?」


 私の頭は最高潮に熱くなってる。


「あ。はい。甘くて。とっても良かったです。あったかくて」


「は? ‌この気温でホット飲むの? ‌それがいいならいいけど」


 健司君は、買ってくれたホットで微糖な缶コーヒーを私の机に置いてくれた。


 頭のぼーっとしてるのを取り除くためだったのに……。

 余計にぼーっとさせられたよ、健司君……。



 プルトップを開けて一口飲む。



 健司君にもらったコーヒー。

 甘くて、暖かいコーヒー。


 ……好きです。

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