瀬戸内レモンケーキフラペチーノ

 下駄箱に行くと、人がいっぱいいた。

 みんなそれぞれリラックスしているような、穏やかな顔をしている。

 ざわざわと、喋りながら靴を履き替えていた。



 期末テストが近づくと、すべての部活は休みになる。

 部活へ行くって人もいないので、授業が終わった時間帯には下駄箱が渋滞してしまう。



 私が入っているバドミントン部も、もちろん休み。

 ラケットもシューズも家から持ってきていないから、荷物も少なくて身軽なんだ。

 鞄と傘だけを持って、上書を履き替える。



 こうやって早い時間に帰るって、なんとなく不思議な気分。

 いつもの部活前の慌ただしいのとは、別世界にいるみたい。

 こういう高校生活っていうのも良かったかもな……。

 ……欲を言えば、彼氏でもいれば……。



 そんなことを思っていると、瑞希みずきから声をかけられた。

「ボーっとしてないで行くよ?」


 瑞希はいっつも早いなぁ。

 私はまだ靴履けてないや……。

 一旦しゃがんで、履きかけていた靴にかかとを通す。

 その体制から、前方を見上げると瑞希が笑って立っている。

 私を立たせようと、手を差し出してくれていた。



歩美あゆみは、部活じゃない時っておっとりしてるよね」


 瑞希の手を握って立ち上がった。

 そんなことないと思うんだけどな。

 私は、しっかり者って家では言われるんだよ……?

 心の中だけ小さく反論して、瑞希の後をついていく。



 ◇



 瑞希は歩くのが早い。

 雨の日だっていうのに、水たまりを気にせずにずかずか歩いていく。

 ローファーの耐水性でも、靴下まで水が染みてきちゃうよなーって。

 私はそんなことを思っちゃって、水たまりを少し避けて歩いてる。


 カルガモの親が気にせず歩いていくところを、コガモみたいに。



 たまに瑞希はこちらを振り返って見てくる。

 小首をかしげて、まだかーいって。

 本当、瑞希って私のお母さんみたいだなー……。


 ちょっとゆっくり歩いてくれるので、私は少し小走りで追いつく。



「雨の日続きで、じめっとしてるよね」


「うんうん」

 特に主張がない時って、小さい声になってしまう。

 そんな私の声も、瑞希はちゃんと聞き取ってくれる。



「ちょっと疲れちゃったなー。プチっとコーヒーブレイクでもしよっか」


 私の顔色を見て、行く場所を選んでくれてるみたいで。

 私も、ちょっと休みたいって思ってた。



 瑞希は、駅前のコーヒーショップへ、ささっと入っていく。

 私も後からついてく。

 そのまま流れるようにカウンターへと行き、注文をしている。


「瀬戸内レモンケーキフラペチーノ、トールサイズ二つで」


 あ、私の分も注文してくれたんだ。

 初めて聞く名前の飲み物……。


「これ美味しいから、一緒に飲もうって思ったんだ。歩美絶対好きな味だよこれ!」

 瑞希は、カウンターからの方か、私の方へ振り返って笑顔をくれる。


 ……瑞希は私のこと何でもわかってくれてるなぁ。

 ……こんな彼氏がいたら、高校生活楽しかったかも。



 瑞希は店員さんから注文を受け取ると、私に一つ渡してくれた。


「甘酸っぱいっていうのも、良いと思うんだ。コーヒーショップだからってコーヒーじゃなくってもね」


 瑞希の笑顔がとても可愛く思えた。


 ……何だろうこの気持ち。

 ……普通のコーヒーが好きだと思ってたけど、レモンも甘酸っぱくて好きかも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る