街中華

「にゃー」


 細い弧を描いている目。

 口は逆三角形に大きく開いており、楽しそうに笑っている表情をしている。

 右手を目元の横に、左手を口元辺りに挙げて、両手で招くポーズをとっている。


 街中華屋さん珉珉みんみんのレジ横に、そんな招き猫が置いてある。

 お会計をするお母さんの横で、幼稚園児くらいの女の子が楽しそうに招き猫を眺めている。

 女の子は可愛いポーズが気に入ったのか、招き猫と同じポーズをして猫ごっこをしている。


「にゃー」



 女の子、可愛いなー。

 私にも、あのくらいの時期があったのかなー。


 あ、こっち向いた。

 ……とっても幸せそうだなー。


 高校生になった私でも、あの招き猫は可愛いって思うもん。

 真似しちゃうよね。



 母親が会計を済ませると、女店主さんが招き猫と同じ顔つきになり見送りしてくれた。

「ありがとうございました」

「美味しかったです、また来ます」


 そう言って、家族連れは帰っていった。



 部活終わりの私は、一人黙々とチャーハンを食べていた。

 みんなは部活が終わるとそのまま帰っちゃうんだけど、水曜日の私は塾通い。

 お腹が空いてる状態じゃ勉強もできないと、塾の近くの街中華屋さんで食べるようになった。



 このお店は何でも美味しいけど、やっぱりチャーハンが美味しい。

 一粒一粒がパラパラしてて、お米の硬さも際立っている。

 それとは対照的に、トロっと柔らかい玉子。

 口の中で混ざり合うと、とても幸せな気分になる。

 美味しいなぁ……。


 再度、レンゲで小さくひとすくいして口に運ぶ。

 やっぱり美味しい。



 女店主さんが、何やらこちらに近づいてきた。

「毎日来ているね、学生さん。頑張ってね。これサービス」


 そう言って、杏仁豆腐を机に置いてくれた。

 大きな白い塊が少し崩された形をしている。

 その上に小さく赤いクコの実が乗っている。


 豆腐部分は、表面がとてもなめらかそう。

 食べる前から、美味しそうだと思った。


 ありがたいけど、やっぱりタダでもらうのは気が引けてしまう。


「あ、あの……、お代は払います……」


 私がそう言うと、厨房に帰りかけてた女店主さんはこちらを振り向いて、招き猫のポーズをしてくれた。

 両手をあげて、可愛い笑顔で。


「サービス、サービス!」



 そう言うと、厨房へと帰ってしまった。

 ……ご厚意と受け取っておいても、良いかな……。


 せっかくの杏仁豆腐を差し出されて、食べない方が失礼だよね。

 そう思って、スプーンで一口すくって口に入れる。


 杏仁豆腐は思っていたよりも滑らかな舌触り。

 かと言って固くもなくて、歯を使わなくても舌と上顎だけで崩せた。


 そして、崩された杏仁豆腐の優しい甘さが口いっぱいに広がった。

 ……とっても美味しい。


 二口目、三口目……。


 気付いたら、杏仁豆腐を全部食べてしまっていた。



 ……こんな美味しいなら、また食べたいな……。

 チャーハンもすべて食べ終わっていたのでレジへ向かうと、女店主さんが声をかけてくれた。


「元気出た?」


 いつも一人で食べている私を気にかけてくれているらしかった。

 その優しさがとても嬉しかった。


「はい! ありがとうございました。また来ます!」


 私がそういうと、女店主さんはまた招き猫と同じ顔をして見送ってくれた。


「また来てくださいねー!」


 私は招き猫のポーズで答えた。


「また来ますにゃー!」


 私は、この街中華屋さんが大好きだ。

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