玉子焼き

 鳥のさえずりが聞こえてきそうな静かな朝に、台所の換気扇の音だけが鳴っている。


 ――ブワン、ブワン、ブワン……。



 静かな中だと、卵をかき混ぜる音も際立って聞こえる。


 ――カチャカチャカチャ……。



 混ぜた卵に、砂糖と白だしを入れて。

 また混ぜて。

 それを温めたフライパンへ流し入れる。


 ――ジュー、ジュワジュワ……。



 この音好きなんだよね。

 私の得意料理の玉子焼き。


 少し固まる手前。

 表面はまだトロトロしているが、このくらいで私は巻いていく。


 箸を開いて、集中。

 端をすくって、一畳みする。

 ここが一番難しいのだが、問題なくできた。

 あとはクルクル畳んでいくだけ。


 今日も完璧!

 出来上がった玉子焼きをお弁当に詰める。



 ◇



「ご飯食べよ! 杏子あんず!」


 そういって私の机にやってくる結衣ゆい

 目線はずっと私のお弁当に向いている。

 嫌な気持ちはしないのだが、さすがに顔に出過ぎてて苦笑いしてしまう。


 私がお弁当を開けると、結衣は反応する。


「おっ! 今日もあるね、玉子焼き! 私杏子の玉子焼きが好きなんだよね」


 そう言って、躊躇無く私のお弁当に箸を突っ込んで取っていく。


「うーん! ‌すごい美味しい!」


 美味しがってくれるのは嬉しいけど、私も自分の玉子焼きが食べたい。

 結衣が二個目を狙ってくる。


 制止しないと、全部取られてしまうのだ。

 海水浴場にいるトンビみたい。


「勝手に取らないでよー。私も楽しみにしてるんだから!」


 お弁当を持ち上げて、手の届かないように高い位置へとやる。

 結衣も負けじと立ち上がって、玉子焼きに狙いを定めてくる。

 私は座りながらお弁当をあちらこちらに動かして避ける。


 そうやって結衣と玉子焼き争奪戦をしていたら、近くを通りかかった手に、玉子焼きを持っていかれた。



「「あ……」」



 通りかかった手は、翔太君であった。

 玉子焼きを持ったと思ったら、一口で食べてしまった。


「本当だ。これ美味いじゃん」

「……あー……。せっかく私が作った玉子焼き……」


 肩を落として、力なくお弁当を机の上に置く。


「へぇ、お前が作ったんだ。上手だね。作り方教えてよ」



 ショックで立ち直れない。

 今日の玉子焼きは今年で一番良くできたと思ったのに……。

 翔太君の声も耳に入ってこない……。


 私の態度に、翔太君が慌てて謝ってきた。


「ごめん。そんなに落ち込むなんて思わなくて。俺のも分けてあげるから許して」


 翔太君は、手に持っていたお弁当を私の机の上に置き、開いて私の方に差し出してきた。

 綺麗な色をした玉子焼きがある。



 この際、自分のでなくてもいいか……。

 言われるまま食べてみる。



「……あれ? ‌美味しい……」


「それ、俺が作ったんだ! ‌けど、これよりもお前の方が美味しかったよ」


 私の玉子焼きの感想なんてどうでも良くなった。

 そんな言葉よりも、私は翔太君の玉子焼きの作り方が気になった。


「これ、どうやって作ったの!」

 警察ドラマで、犯人に自供を迫るように机を叩いて翔太君に聞いた。


「……そんな怖い顔しなくても……。これはね……」

「うんうん」



 そうやって、根掘り葉掘り聞いていく。

 結衣は、私の視界の端に追いやられた。



「……あらら、私はお邪魔のようで……。ドロンさせてもらいます……」



 もっと美味しい玉子焼きを作りたい。

 玉子焼き、好き!

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