ピース

 白い軽トラの後ろに、大きいエビが乗ってる。


 エビと言っても、食べれるエビじゃない。

 『かに道楽』のような、まさに『エビ道楽』というような看板。

 立体で大きいエビ。


 オレンジ色と赤色の間の色。

 ちょうど食べ頃といった色で、とても食欲をそそる色。

 つやつやと輝く表面。あれは絶対SNSで映える。


 エビが両手を広げて、大きくダブルピースしてこちらを向いている。

 向きはこちらを向いているけど、目が飛び出ているので、実のところどこを向いているかわからない。


「なにあれ、大きくてカッコいい」

「楽しそうなエビだね、笑ってるみたい」


 スマホを取り出そうとしていると信号が青になり、軽トラは動き出してどんどんエビが遠ざかって行った。


「あー……。残念。写真撮ろうと思ったのに」


 部活終わりの帰り道。

 夕焼けと似たような色をしていたエビは、夕日と一緒に消えてしまった。


 どっと疲れが増した気分だった。


「お腹空いたね。今日のご飯なんだろな。エビだったらいいなー」



 ◇



 タワーマンションの8階。

 中流階級と言っていいのか。

 上には上がいるし、下にも人はたくさんいる。


 そもそも駅近のタワーマンションに住めているだけで勝ちだよって言われたりする。

 そんな家でも、食事はいつも質素なのだ。


 夕飯に納豆が出てくる率の高いこと。

 もっと地方にでも住んでいれば、美味しいご飯を食べれて幸せなんじゃないかって思う。


 こんな無駄なことを思うくらいエレベーター待ちの時間は長いし。


 やっとエレベーターが来たので乗り込む。


 8階を押す。


 エビって、アルファベットで表すと「AB」かな。


 はあ。

 エビ食べたい


 美味しいもの食べて、軽トラに連れられたあの子みたいに笑って過ごしたいな。


 エレベータを降りて、家のドアを開ける。

「ただいまー」


 ……あれ? ‌誰もいない。


 家の中は真っ暗だった。

 今日はお父さんもお母さんも帰り遅いんだっけ。


 今日も納豆ご飯確定か。

 リビングの電気をつける。


 パーン!

 パーーーン!


「おめでとー!」

「ハッピースデー!」


 クラッカーの大きい音が耳に響いて、耳に残った。

 ハッピーバースデーって、そうか。今日は私の誕生日か。



「18歳おめでとう!」

「お父さん、お母さん。今日は帰ってくるの遅くなるって言ってたじゃん」


「あれは、サブライズのための嘘。どう? 驚いた?」


 リビングには、美味しそうな料理が並べられていた。

 色鮮やかなサラダ、お赤飯、メインディッシュにはツヤツヤしたアイツがいた。


「美晴、エビ好きだったじゃない? 今日は伊勢海老よ!」

「ありがとう。私、エビ食べたかった!」


 制服も着替えずに、そのまま席に着いた。.

 お皿の上にいる伊勢海老も、楽しそうに笑っているように見えた。

 大きくダブルピースしてる。


 その後ろでお父さんとお母さんもニコニコとして。


「ちょっと、今度こそエビの写真とらせて」


 伊勢海老のピース姿をセンターにして、後ろにお父さんとお母さんが来るような構図。


 3人共にダルルピースしてる。

 なんだから、ピースって元気が出る気がする。


 私、ピース好きだ。

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