満員電車

 太陽が南を通り過ぎて、段々と西へと傾いてきている。

 けど、空が茜色に染まるには、まだ早い時間帯。

 雲も少ない青空で、暖かい陽気の昼下がりだ。


「こんなに混んでるんだね」

「イベントがある時は、毎回こんなもんだよ」


 今日は花火大会がある。

『電車が混むから、花火が始まる3時間前には現地に行こう』ってサトシ君は言ってたけど……。

 早く来たつもりなのに、駅の改札に入る前からとても混んでいた。


 改札を入ってホームへと登ると、上り電車と下り電車の両方ともに長い列ができている。

 人が多すぎて、どちらの方面の電車に乗る人なのかが分からない。

 その中を歩く人がいたりして、ホームは人で溢れかえっていた。

 私たちも電車待ちの列に並んだものの、どんどんと人がやってきてホームから人が落ちてしまわないかと思った。


「これって、次の電車来たら乗れるのかな……?」

「乗れなかったら、一本待とう」


 そう言ってるうちに、ゆっくりと電車がホームにやってきた。

 電車の中には大量の人が乗っており、熱気で窓が曇っている。

 停車位置で、きっちり電車が止まる。


 プシューという音がしてドアが開くと、ダムが決壊したかのように大量の人の流れ出てきた。

 こんなに乗っていたのかと思うくらいの人が降りてきて、ホームを降りる階段へと勢いの良い流れを作っていった。

 人の流れに飲み込まれそうになっていると、サトシ君は私の手を握ってくれた。


「はぐれないように」

「……うん」


 力強く握られた手。

 緊張しているのは私だけじゃないみたいで。

 サトシ君の手は少し汗ばんでいた。


 前からの人の流れが途切れると、今度は後ろからの人の流れに体が押された。

 後ろからの流れに身を任せて、私たちは電車の中へと入っていく。


 電車の中でも、どんどんと奥に押しやられていく。

 後ろから流れとは別に、サトシ君が私をひっぱる。

 向かい合うような形で、サトシ君の腕の中へと入れられた。


「混んでるときは、こうでもしないとはぐれちゃうだろ」


 サトシ君の顔が近い。

 今日は浴衣に合わせて、少し底が高いサンダルを履いてきた。

 サトシ君とは身長差があるのだけど、サンダルのおかげで目線が同じくらいに感じる。

 こんな近くで顔を見あうなんて恥ずかしくって、窓の外を見るように目線を外す。


 中の人のことなんてお構いなしに、ホームにいた乗客はどんどんと電車の中へと入ってくる。

 乗客同士の体は、身動きが取れないくらい密着して。

 人が入るたびに、サトシ君との顔の距離が近くなる。


 私は少し顔をずらしたので、サトシ君の顔は私の耳元のあたりにあった。

 乗客が乗り切ったのか、何回かドアは音を立てながら閉まっていった。


 ドアが閉まると、サトシ君は私の耳にささやいた。


「俺に体預けて良いから。揺れるから気をつけて」


 私は、人込みで緊張していた体から少し力を抜いて、サトシ君に私は体を預けた。

 暖かいサトシ君の鼓動を感じた。

 とても早く感じる。大きい鼓動。


 満員電車、私は好きかもしれない。

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