ハッピーガール

米太郎

5月

喫茶店

 何にもない田舎町。

 私が住んでいる町。


 何も無いなんて、それは言い過ぎか。

 喫茶店が一軒あるような田舎町。

 カラオケやゲームセンターなんてこの街にはないので、中学校の帰りに寄るとしたら、その喫茶店しかない。


 学校と家の間にある唯一の喫茶店。

 あまり流行ってないのか、外見は綺麗じゃない。

 窓も曇っていて掃除しているのかと疑うくらい。

 オシャレとは言い難いけど、入口のドアにはベルが付いていて、私にとってはオシャレポイント高めだったりする。



 ◇



 6時限目までの授業が終わると、部活に入ってない子達はすぐに自転車に乗って帰っていく。

 私も部活に入っていないので、すぐに帰宅する。


 電柱と田んぼしかない国道が、私の帰り道。

 田んぼがあることで、湿度が調整されているのであろう。

 ‌初夏の爽やかな風の中を自転車で駆け抜ける。

 田んぼの横をしばらく走ると見えてくるのが、喫茶店『パディ』。

 今日も寄って帰ろうかなと、喫茶店の前に自転車を置いた。


 喫茶店の前には、車や自転車は止まっていなかった。

 けど、こういう時にも、たまに先客がいるのだが、窓を覗いても相変わらず汚くて中が見えない。

 とりあえず入るかと、入口のドアを開ける。


 カランコロンと鳴る音。

 私はこの音が好きだ。


「いらっしゃい」


 声をかけてくれるマスター。

 細身で身長170超えるような白髪のおじいさん。

 皺のない白いワイシャツに、体のラインに合うような黒いエプロンをつけて接客してくれる。


 私はいつもの通り、ドアから一番遠いカウンター席に座る。


「マスターいつもの下さい」


 この注文の仕方がどうしてもしたくて、マスターにお願いしている。

 このことは他の人には内緒。


「かしこまりました」


 マスターは清潔感があって、私は意外と好きだったりする。

 私の話もちゃんと聞いてくれるし。


『 いつもの』を準備してくれるマスター。

 深く言わずとも通じてる感じがして、この頼み方がとても好き。

 私のことを何でもわかってくれてるって思うことができる。



 注文を待っている間、店内を見渡すと、お客さんもいるようだった

 外からは見えなかったが、窓際のテーブル席に数人おじいちゃんがいた。

 おじいちゃん達の老後って楽しいのかな。

 流行ってない喫茶店で、外を眺めてるだけ。

 曇った窓からは何も見えないんじゃないかな。


 カウンターの中に目をやるとマスターの背中がある。

 哀愁が漂っている。

 私にもこんなおじいちゃんがいたらよかったなと思う。

 整えられた髭。

 それすらも白髪になっていて。


 長い間生きると、色が失われるんだろうか。

 私も色がなくなって、白色になっちゃうのかな。

 けど、白って好きな色。素敵な色。


 そんなことを考えていると、マスターがゆっくりと、私が注文した物を持ってきてくれた。

 アツアツの蒸気が昇る、ホットミルク。

 これで一日の学校の疲れを取るんだ。


 マスターがおもむろに私に話を振ってくれる。


「今日は、どんなことがあったんだい?」


 マスターの顔は、優しく微笑んでいる。

 私の答えを待ってくれているのが分かる。


「……マスター、野暮なことは聞かないんだよ?」


 まずはこの返しをする。

 いつもやっているこのやりとり。

 これが楽しいんだ。


 いつものことだと、マスターは微笑みながら頷いてくれる。

 私もマスターの微笑みにつられて笑みがこぼれる。


「そうそう、聞いてよマスター! 今日学校でね……」


 私の言うことを、終始笑顔で聞いてくれるマスター。


 私は、この喫茶店が大好きだ。

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