毎日小説No.26  可愛い妖精さん

五月雨前線

1話完結

「もしもし」


「……」


「もしもーし」


「っ!?」


 空耳かと思ってスルーしていたが、どうやら空耳ではないようだ。間違いなくどこかから声が聞こえる。


「な、何なんだ一体……」


「もしもーし!!」


「おわっ!!」


 足元に佇む存在に気付いた私は、驚きのあまりその場で飛び上がってしまった。


 小人。そうとしか表現出来ない何かがそこにいた。


 見た目は、とても可愛らしい少女だ。アイドルのような綺麗で華のある顔立ち、短く切り揃えられた髪、そして真っ赤なワンピース。そこまでなら普通の美少女の特徴だが、その少女の身長が僅か20センチ程で、しかも背中から羽が生えてることが何よりも異質であった。


「やっと気付いてくれた! 初めまして、私は妖精のキャシー! よろしくね!」


「よ、妖精……?」


「うん! 人間の願いを叶えてあげる、優しい妖精だよ! 貴方のお名前は?」


「わ、私の名前は山本……」


  うっかり本名を言いかけてしまった私は咄嗟に、「佐藤優子です」と言い直した。いつも使っている偽名だ。


山本やまもとめぐみさんだね! 良い名前!」


「えええ!? な、何で私の本名を……!」


「そりゃ、私は妖精だもん。妖精の前で隠し事は出来ないよ。よし、それでは恵さん! 何か願い事はある? 私は妖精だから、願い事を叶えてあげる力を持ってるんだ!」


「……?」


「あー、疑ってるでしょ? じゃあ証拠を見せてあげる」


 えい、と妖精が両手を振りかざすと、四畳半のボロアパートの中に大量の札束が出現した。嬌声をあげながら札束の海に飛び込もうとした私だったが、札束は瞬時に消滅。私は思い切り床に頭を打ちつけてしまった。


「いってええええ!!」


「だ、大丈夫!?」


「……な、何でお金消しちゃったのよ……」


「私が本物の妖精だって信じて欲しかったからさ。それで、どうするの? お金をください、っていうお願い事だったら、今のお金を戻してあげるけど」


 勿論お金を、と言いかけた私は咄嗟に思いとどまった。


 お金を沢山もらったところで、どうせ全部薬に使って終わりだ。そんな人生、もう絶対嫌だ。


「キャシー、私の願い事を聞いて」


「うん!」


 そこで私は、本当の願い事を口にした。


***

「あっさり叶えてくれるんじゃないのかよ……」


 炎天下の中、私はとぼとぼと街の中を歩いていた。


 私の願い事を聞いたキャシーは「分かった!」と快諾しつつも、条件を突きつけてきた。仲が良い人を2人連れてきて、その2人と手を繋ぎながら魔法の言葉を唱えること。それが、願い事を叶える条件だというのだ。


 何でそんなことしなきゃいけないんだ、と思ったが、妖精の言葉に従う他なかった。


 仲が良い人とはいうものの、そんな人は誰もいなかった。昔仲良かった人は皆、私が犯した過ちのせいで私から離れて行った。と言うよりも私が自ら関係を絶ったのだ。手を出してはいけないものに手を出した代償は、想像以上に大きかったのである。


 でも、そんな人生は今日で終わる。更生してまともな人生を取り戻すんだ。私はそう意気込み、裏路地のオフィスの中に足を踏み入れた。


「よう恵ちゃ〜ん。この前薬あげたばっかなのに、もう薬切らしちゃったの〜?」


 私を出迎えたのは、どぎつい色のシャツを纏った辰巳たつみという名の若い男だった。裏の世界で売ヤーとして名を馳せ、そして私の人生を奈落の底に突き落とした張本人。殺したいほど憎い相手に協力を仰ぐことはしたくなかったが、他に頼れる人が誰もいないのでしょうがなかった。


「あ、いえ……薬はまだ足りてます。それで、その、辰巳さんに折り入ってお願いがあるんですが……えっと……」


 なんとか怪しまれないように、家に来てもらう口実を考えていたその時。突然オフィスの扉が開け放たれ、制服を纏った警察官がなだれこんできた。


「辰巳! 覚醒剤所持、及び違法薬物売買の罪で現行犯逮捕するっ!!」


「げっ!」


 辰巳は逃げ出そうとしたが、数人の警察官に取り囲まれて捕まってしまった。


 辰巳が連行された後、警察官の1人が私の腕におびただしい数の注射痕があることに気付いた。警察官がそっと手錠を取り出す。私はその場に崩れ落ち、両手で顔を覆った。


***

「所長、47番がまた問題を起こしたようです」


「47番……? ああ、クスリをやってた山本とかいう女か。今度は何を?」


「やはり妖精です。『妖精がいる』『妖精の願い事を叶えるために協力して』と、男女問わず他の受刑者に手当たり次第に声をかけ、刑務作業や食事といった集団行動に支障をきたしています」


「クスリで捕まったんだよな? じゃあ薬物の禁断症状で幻覚を見てるだけだろ」


「それが……どうも通常の禁断症状とは事情が違うみたいなんですよ。なんというか、その、薬物の禁断症状のせいで狂っているわけではなく、ただ単純に狂っているというか……」


「何だそりゃ? まあ、とりあえずもう少し様子を見てみよう。あまりにも酷かったら、別の場所に移動させる。これでどうだ?」


「了解しました」



 その後、問題行動や奇行を繰り返した47番、もとい山本恵は、『東洋のアルカトラズ』と称される山切やまぎり四十万しじま刑務所へと移送された。


 150年の歴史を誇り、30000人の収容人数を誇りながらも、今に至るまで一度たりとも脱獄を許していないまさに最強の刑務所。しかしそんな刑務所から、山本は僅か1週間足らずで脱走を成功させてしまった。


 山本の近くの牢屋に収容されていた受刑者の証言によると、ある日山本は突然『妖精が現れた』と叫び、近くの受刑者に自身の近くに来るよう呼びかけたらしい。刑務作業を肩代わりする、という名目で山本に従った受刑者だったが、次の瞬間妖精のような謎の存在が舞い上がり、山本は眩い光に包まれた。受刑者が目を開けると、地面に巨大な穴が空いており、山本は忽然と姿を消していたようだ。


 警察は、前代未聞の脱獄事件として捜査を進めているが、捜査は極めて難航している……。


***

 妖精の力を借りて脱獄した今、山本は確実に時効まで逃げ切れるはずだった。


 しかし、山本は捕まった。コンビニ強盗を企てて、現行犯逮捕されたのだ。




 あの日刑務所に現れた私は、山本に2つの選択肢を与えた。薬物の禁断症状を完治させるか、それともこの刑務所から瞬時に脱獄するか。


 山本は後者を選んだ。しかし、薬物の禁断症状は変わらず山本の体内に巣食っていたため、薬欲しさに山本は犯罪を犯した。折角刑務所を脱走出来たのに、東洋のアルカトラズに逆戻りする羽目になってしまったのである。


 妖精である私が、あの日あのアパートに現れなければ、山本は警察に怯えながら薬物を摂取し続け、やがて薬物中毒でショック死する運命を辿っていたに違いない。


 だから私は、敢えて山本が警察に捕まるように仕向けた。そして、刑務所にいる山本の前に再び現れ、再度選択肢を示した。


 薬物の魔力に囚われた山本が、刑務所からの脱獄を選ぶのは自明だった。そしてすぐに捕まり、また刑務所に戻る。そうすることで山本に、「脱獄しようとしても結局無駄なんだ」「薬物中毒を根本から治さなきゃ駄目なんだ」と思い直して欲しかったのだ。もし私の力で一度禁断症状を完治させたとしても、また一から薬物に手を出す可能性があるからね。



 ……山本は、ちゃんと更生してくれるかな。第2の人生を歩んでくれるかな。



 そこまでは、分からない。これ以上私が出来ることは何もない。だって、私は妖精だもん。神じゃない。



 私の名前はキャシー。とびっきり可愛い妖精の私は、今日も人間界で奮闘しているよ。全ての人間が、幸せな人生を歩めるように。人生は何度でもやり直せると、全ての人々に伝えるために。



                         完

                             

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