破滅のゲーム(試作品)

村雨雅鬼

0. プロローグ(試作品)

 追手は来ないようだった。マックスは汗で肌に張り付く上着を脱ぎ捨て、僅かな明かりを頼りに裾を千切り、息を整えながらふくらはぎの傷を止血する。ヨーカから着てきたお気に入りの服を、こんなところでダメにするとは。手の震えが止まらず、何度かやり直した。それから、ブレードが光を反射して目立たないよう、R.Bを一段階折りたたみ、吸い付くように馴染むグリップを握りしめる。それは敵と、マックス自身の血で滑っている。飛び交う銃鳥ハンマリングバードの死の歌声が遠くで聞こえた。アリーナで浴びる歓声に似ているが、大きな違いは、観客は彼女の死を望んでいるということ、そして、今回はマックスが圧倒的に不利な立場にあるということだ。これは、ゲームだ。

 怪物が無事でなければ、生き延びられる可能性はゼロになる。今は、ただ、ヨーカに戻りたかった。涙が出るほど退屈で、進歩がない、あの懐かしい故郷に生きて帰れるなら、GeMの靴だって舐めてやる。一体どこで道を踏み間違えたのだろうか?尤も、ギャレットなら一笑に付すだろう。彼は合理的な人間で、いつも最適解と、そこに至る最短距離を導き出す。同じ場所でいつまでも足踏みしたりはしない。そもそも、私は既に、全てを失ったではないか。 これ以上何を恐れる?

 涙を拭い、いつものように、ペンダントに触れる。鎖の先で揺れているのは、数奇な運命を運ぶ黒い薔薇だ。そして、生か死か、天国か地獄か、次の場所にマックスを連れていくのだ。まもなく。

 地響きがする。エズラミールだと悟った。もう逃げられない。顔を上げた時には、裏切られ、利用され、憎しみと怒りに焼き尽くされた跡地で、彼女の心は、氷のように冷え、冴えていた。

 足音が消えた。彼女の気配を探っているはずだ。息を殺す。変異種の首領とまともに戦って勝ち目があるはずもない。やがて、ここに敵はいないと判断したのか、ゆっくりと歩き回る足音が戻ってきた。もし、明日を生きて迎えたいなら、チャンスは今だ。相手が油断しているこの瞬間に、不意打ちできるかどうか、それで生死が決まる。決断が遅れれば遅れるほど不利になるときは、賭けに出なければならない。

 祈っていた。

 誰に?

 誰かに。

 何を?

 マックスは積み上がった瓦礫を足場に、身を捩って飛んだ。永遠にも思えるその一瞬に、マックスは自分の半生を夢見た。

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破滅のゲーム(試作品) 村雨雅鬼 @masaki_murasame

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