私が推す理由

@pianono

私が推す理由

 誰にでも、寝られない日ってあると思う。

 そんなとき、あなたならどうする?

 体の向きを変えつつ羊を数えてみる?もしくは疲れたほうが寝れると思って、少し体を動かしてみる?それとも、その夜は寝るのをあきらめてブルーライトをたっぷり浴びる?

 私なら、最初のを選ぶ。でも、羊を数えることはないし、体だってピクリとも動かさない。ぼーっと天井を見つめていつ来るかわからない睡魔を待ち続ける。

 でも、その日は違ったんだ。

 ラジオを、聞こうと思った。

 そう思ったのはほんの気まぐれ。ラジオなんて、親に車に乗せてもらった時に聞くくらい。それだって真面目に聞いたことなんてない。

 でも、どうしてだか、今日だけは。

 リスニングの勉強用にと中古で買ってもらったラジカセを引っ張り出して、適当に周波数を変えていくと、ザーッという雑音の中に人の話し声が混ざってくる。やがて、それは徐々にはっきりとした輪郭を帯びていった。

『——————はい、つづいてのメールは、ラジオネームペコペコさんから』

『やべえ、俺腹へってきた』

 どうやらパーソナリティをしているのは男の人二人。話している感じからして若い人たち。

『山田さん、村松さん、こんばんは。今回はじめてシトロンのラジオを聞きました。おっ、ありがとうございます。今日リスナーになったばかりで恐縮なのですが……村松さん、話長すぎません?正直、途中から何の話かわかんなくなってました』

『いやいや、ちょっと待って。ちょードストレートで来るじゃん。ほんとに初めて?』

『まあまあ、まだ続きあるから。……でも、おかげで仕事での嫌なことから一瞬、気をそらすことができました。ありがとうございました、と。よかったじゃん、お前の長すぎる話も役に立つってさ』

『長すぎるって。俺だって毎度ちゃんと考えてるのよ。そーれを長いって言われたらなあ。俺、話せることなくなっちゃうよ?』

『お前、考えてなかったらもっと長くなるもんな。でもさ、そこがお前のいいとこじゃん?ちゃんと考えてくるところというか、慎重さ?』

『おまっ、よせよ!照れるじゃねえか!そこはさ、お前、俺をいじるとこじゃん。』

『まあいいじゃん、たまにはさ。でもさ、嬉しいよな。こうやって俺らがアイドルやってることで誰かの力になれるって。俺は個人的にさ、いろんな人に利用されたいのよ。疲れてる時とか、落ち込んでる時とかに、ラジオだったりインスタだったりで俺らのバカやってるのを聞いたり見たりしてさ。一瞬でもそういうこと忘れられるように、もうどんっどん利用されたい。』

『あーびっくりした。俺お前が何言い出すのかと思って焦ったわ。利用されたいってさー。その気持ちはわかるけどね。もしそうなれるなら本望よ。例えどんなに話が長くてつまんないと言われようと』

『はい、ということで俺らはこれからも利用され続けるアイドル目指して頑張ります。では、ここで一曲。シトロンで「ふたり」』


 懐かしげなメロディがゆったりと流れ始めた。私はそこで意識をラジオから離した。

 声を聞いただけでは誰かわかんなかったのだけれど、まさかシトロンだとは。

 シトロンとは何年か前にデビューを果たした6人組のアイドルグループ。グループというよりも個々での活動の方がよく見かける気がするけど、今売れているのは間違いない。


 でも、私はあんまり好きじゃない。シトロンというグループが、というよりもアイドル全般が。あの、嘘っぽくて遠い存在すぎる存在で、人間味のない感じがどうも苦手。・・・・・・なんだけど。

だから、正直今の会話もあんまり信用していない。本当にそう思っているのかなって。好感度を上げようとしてそう言ってるんじゃないのかなって、自然と思ってしまう。

 嫌な人間だな、と心の中で毒づいて、私はそばに置いていたスマホを手に取る。いつもだったらこんなことしないんだけど、今日はなんとなくそういう気分だった。グーグルを開いて調べたのはラジオ番組のホームページ。私はそこから、「メールを送る」の部分をタップして、無心で文字を打ち始めた。


『はい、お聞きいただいたのはシトロンで「ふたり」でした。じゃ、ここでメール読みます。ラジオネームぽたとさんから』

『ぽたとって響き、かわいいね』

 ラジオネームを聞いた瞬間、ドキリとした。まさか、嘘だ。本当に呼ばれるなんて。

 私は速くなっていく鼓動を抑えるようにしてひとつ、大きく息をつくと、ラジオに耳を傾けた。

『山田さん、村松さん、こんばんは。はい、こんばんは。今回初めてシトロンのラジオを聞いています。ありがとうございます。えー、そんな私ですが、お二人に相談に乗ってもらいたいことがあります。私はどんくさくて、よく周りの人から「もっと頑張れ」と言われます。どんくさいのも、もっと頑張らなくちゃいけないのも自分がよくわかっているけど、今もうすでに限界まで頑張っていて、じゃあ私はどこまで、どうやって頑張ればいいのか、もはやわかりません。それで友達にもあたってしまいました。これからどうすればいいか、お二人はどう思いますか。うーん、難しいね』

『頑張ってるのに頑張れって言われるのはきついよね。それはおれも思ったことある』

『そういうとき、お前はどうした?』

『どうした、というか、とりあえず心から信頼できる奴に相談した。っていうか、メンバーなんだけど』

『そういえばそんなこともあったな』

『そん時は、お前が頑張ってるのは俺らが一番よく知ってるからって。結果しか見てない奴となんてほんの一瞬付き合うだけの間柄になるだろうし、その程度だから気にすんなって言われた』

『え、俺らそんなこと言ったの?』

『言った言った。それでようやくさ、ちょっとだけ前向けるようになった。それまではさ、いろんな人から良く思われたいっていう気持ちが大きかったのよ。でも、メンバーに相談してから、こうやって本当に俺のこと見てくれている人たちの反応を大切にしなくちゃなって思った』

『そうねー。言い方はきついけどさ、結果しか見ていない人ってやっぱ他人なんだよ。それよりも過程をちゃんと見てくれている人たちの言うことに耳を傾けるべきかな。だから別にそれ以上頑張る必要もないのかも。自分と、身近な人がお前は十分頑張ってるって思えるなら全然いいと思うよ。それは甘えでもないし。そのままのぽたとさんのままで、頑張っていければいいと思いますよ』

 話はまだ続いている。でも、聞けなかった。自分の嗚咽が邪魔をして。

 まさに、ほしい言葉そのままだった。すさんで、ボロボロになった心を優しく、そっと抱いてくれたみたいな、すっかり冷たくなってしまった手をぎゅって握ってくれたみたいな、そんな感覚に陥る。

 人の何倍も努力して入った高校で、私は落ちこぼれていた。周りはできる人たちばかりで、この前は担任からも面談で「もう少し頑張ってさ」と言われてしまった。体育の授業では、同じチームの子から、「もう少し頑張ってほしいんだけどなー」と、影で言われているのを聞いてしまった。

 だから、頑張った。成績も上がるように、周りに迷惑をかけないように。

 そうしたら、見かねた友達が声をかけてくれた。「頑張りすぎじゃないの?」って。

 でも、愚かなことにそれを私は拒んでしまったんだ。私はもっと努力をしていないと甘えていると思われてしまうから、変わらないといけないんだって。どうせ、あなたもそう思ってるんでしょって。

 今思えばだいぶ、自分自身を追い詰めすぎていてありがとうって、素直に受け取れるような余裕すらなかった。なんて本末転倒なことをしていたんだろう。どうして、あんなにも大切な存在に気づくことができなかったんだろう。

 その友達とは、気まずくてそれ以来話すことができていない。今でもまだ、間に合うだろうか。ごめんねとありがとうを言うのには、もう遅すぎるだろうか。

『まだ、間に合うと思うけどね、俺は』

 タイミングを示し合わせたように、そんな言葉が耳に飛び込んできた。

『本当に友達だったら、俺は見捨てられない。何かやっぱり事情があってそういう態度になっちゃってるけど、本心は絶対に違うって信じてる。俺は、お前らに信じてもらったから』

『おめー、あちぃな!さすがだよ!』

 山田さんはそう冷やかしているけど、松村さんの声はいたって真剣だった。いや、あんまり真剣すぎてもよくないと、山田さんなりの配慮だったのかもしれない。ただとにかく、私がまっすぐに前を向くには十分だった。


『さっきの話の続きしちゃうけど、正直あの頃、俺アイドルやめようかって真剣に考えてた時期でさ』

『え、そうなの。聞いてないんだけど』

『言ってないもん。今だから言うけど。デビューできずに10年、これからどうしようって、俺ってもしかしたらこの業界には必要ないのかもしれないって考えてた。仕事もほとんどなかったし。……お前さ、初めてのライブ覚えてる?』

『うん、スッカスカだったなー』

『そうそう。それで当日券とか販売して、今日何枚売れたかなーとかってみんなで確認したりしてさ。で、結局そんなに売れないんだよねこれが。それで客席が埋まってない状態でライブして、終わった後にさ、楽屋に戻った時に、急にメンバーの一人が—―――――もうだれか覚えてないんだけど、言ったのよ。「俺ら六人じゃなかったら、俺はまだステージになんて立てなかった」って。その言葉聞いて、俺まだもう少しアイドル続けようって決めた。六人じゃなかったらって、言ってもらえて、俺ここにいていんだって思えて嬉しくて』

『あ———っ、思い出した!それ言ったの森じゃね!?』

『あ、そうかも!っていうかそういうこと言いそうなのはあいつしかいない』

『確かにあいつの言葉には結構救われるときあるよなー。本人が意図してそういう風に言っているかどうかはわからないけど』

『このラジオを初めて聞いている方とか、俺らのことを全く知らないって方はご存じないと思うんですけど、俺らはとあるドラマでたまたま集められた6人で今アイドルやってるんですけど、当時はこのメンバーでグループを作るとかって話は全くなくて、ドラマが終わってからこの6人でまた活動したいって頼み込んで結成したんですよ。だから、あの日の偶然があったから、あの時たまたま6人が揃っかたから今のシトロンという奇跡があるんです。』

『お前今日どうした。めっちゃかっこいいこと言うじゃん』

『うるさいなー。なんか急にちょっと言いたくなったんだよ。そう言う日もあるじゃん?・・・・・・ああ、えーと、それで俺が言いたいのは、出会えたこと自体が奇跡で、あなたとじゃないとダメなんだって思えたことも、これから思えることもお互いにいっぱいあると思う。実際俺らがそうだったから。だから、大丈夫。まだ間に合うはず!ってことです』


 泣き疲れてしまったのか、気づけば眠りに落ちていた。村松さんの言葉を最後に私の記憶はない。

 昨日の、ほんの1時間くらいのラジオを聴いただけだけれど、私のアイドルへの、彼らへの認識はだいぶ変わっていた。少なくともあの人たちは遠すぎる存在ではないのかもしれない。私たちと同じように悩んで、もがいて苦しんで今日までなんとか生き抜いてきていた。でも、私たちがその姿を見たってどうにもならないからと、誰かの力になるためと隠していた。隠して生きていくのが自分たちの役割だと。ただ単に現実離れしているでもなかった。

あの人たちがいるおかげで前を向ける人がいる―――――私のように。今日こそは絶対に言おう。ごめんとありがとうを。許してもらうことを前提にするわけじゃないけど、でもまずはそこからじゃないと何も始まらない。

 私のメールが読まれたのも偶然の奇跡というやつなのだろうか。ここで、彼らの魅力に気付いたのは奇跡と言っていいのだろうか。

 とにかく、ほんの短い間に私を助け出してくれたあの人たちを推さない理由なんてない。日々葛藤しているあの人たちを応援しない理由なんてない。

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