第22話

 俺たちが追いつくと、収集車はコンテナをリフトアップしてゴミを掃き出しているところだった。

 運転席から身を乗り出している運転手に、ベルカが近づく。


「あの、すいません……」


 おずおずとベルカが声をかける。だが、運転席からはかなり低い位置だし、周囲にはガルガルとエンジン音が響き渡っていて運転手は気付かない。


 ▽もっとでかい声出せ。


「すみません!」


「ぅお!? なんだぁ? あれ、お前さっき管理センターの前に座ってた……」


 首を傾げる運転手に、ベルカが畳みかける。


「ちょっと、お話があります」


 エンジンを止めると、途端に静かになった。カラスと海鳥の鳴き声だけがときおり聞こえてくる。


「オレに何か用か?」


 日に焼けた肌の、三十代半ばほどのがっしりした体型の運転手だった。ベルカがたじろぎながら口を開く。


「あの、訊きたいことがあって……」


 そこで、ベルカは口籠もる。運転手から顔を背けて、ベルカは俺に小声で訊ねる。


「どれが荷物?」

 ▽あ、すまんすまん。

「……なんだ? こっちはまだ仕事が残ってるんだ」


 苛立ちを滲ませる運転手を、慌ててベルカが引き留める。


「待ってください! あの、あなたが持ってるそれが、ぼくの兄の物かもしれないんです!」

「それって、どれのことだ?」

「それは、えっと──」


 ▽コートだ。


「コートです! ……え?」 


 一瞬、ベルカが疑問符を浮かべた。


「……コートが、どうしたって?」


 運転手が目を細めてベルカを睨む。声に疑いと警戒が混じっている。


「そのコートが、亡くなった兄の物かもしれないんです。だから、その、見せてもらえませんか……」


 妙に及び腰なベルカに、俺は首を捻る。さっきまでの強引さはどこに行ってしまったのだろう。


「たしかに、このコートは最近拾ったものだ。でも、一度捨てられていた物を拾ったわけだから、今はオレの物だ。そうだろ?」

「それは……まぁ」

「そもそもこれがお前の兄貴のものだってどうして解る? デザインが同じだけかもしれないだろ?」

「えっと……そうですね……」

「もしお前の兄貴の物だって証明できれば、返してやっても良かったけどな。それが出来なきゃ話にならねえ」


 男は肩をすくめて、収集車へ戻ろうとする。


 ▽左の内ポケットに、写真が入ってる。子供が五人、写ってるやつが。


 伏し目がちになっていたベルカが、顔を上げる。唇から「え」と声が漏れる。


「……写真が、入っているはずです。左の内ポケット。子供たちが五人写ってます」

「はあ?」


 収集車のドアに手を掛けていた男が、眉を寄せてポケットをまさぐる。左胸の内ポケットにその手が触れたとき、男の手が止まった。


 ▽そこだ。

「そこです」


 かすかに震える声で、ベルカが急かす。

 運転手が、ポケットに差し入れた右手をサッと引き抜く。


「……なにも入ってねえ」

「嘘です」

「……嘘じゃねえ。もういいか? オレは仕事があるんだ」

「待ってください!」


 ベルカが運転手の左腕を掴む。腕を引っ張られ、屈強な運転手の身体が仰け反る。


「ちょ、なんだ、お前……」


 ベルカは手を放さない。


「ポケットの中身を出してください。でないと放しません」


 すっと冷え込んだベルカの口調と視線に、運転手が息を呑む。ベルカの手を振り払おうとするが、男の腕はびくともしない。


「い、痛えって、なんだよ、お前、この力……」

「早く」 


 ベルカが、男の腕を掴む手に力を込める。

 運転手が右手をポケットに突っ込んだ。取り出した手は、角の折れたポラロイドカメラのフィルムが掴まれていた。


「なにが、写ってますか?」


 ベルカの、すがりつくような声。


「……子供だ、五人」

「信じてもらえましたか?」

「あぁ、わかった、わかったから放してくれ! コートは返す!」


 運転手が悲鳴を上げると、ベルカがぱっと手を放す。

 運転手は写真を取り落とし、コートを脱ぎ捨てると、ベルカに掴まれていた腕を押さえながら一目散に収集車へ駆け込んでいった。

 ゴミの臭いを巻き上げながら、収集車が遠ざかっていく。


 ▽良かったな、とりあえずコートだけでも取り返せて。


 ベルカは黙り込んだまましゃがみ込んだ。そして、男が落としていった写真を拾い上げる。


 ▽ベルカ?


 彼女は、裏返しになった写真をじっと見つめていた。写真を掴む手が、微かに震えている。ドッドッ、とベルカの胸が激しく脈を打つ。

 ベルカが、写真を裏返す。


 俺にとって見慣れた写真だ。五人の少年少女が、公園のベンチに座ってあどけない笑顔を浮かべている。


 ベルカが、写真を凝視している。写真の中で、子供たちは二台並んだベンチに分かれて座っている。その中の一番右端の子供を、ベルカは見つめていた。


 ▽十五の時だ。俺が旅人になる、前の年の夏。

「ユーリ……」


 写真を一心に見つめるベルカの口から、俺の名前が零れ落ちる。

 ベルカの視線を追えば、写真に写るガキの頃の俺を見つめていた。

 ベルカの視界がじわりと滲む。写真の表面に、ぽつ、と水滴が零れ落ちる。


 写真を見つめ、ベルカが泣いていた。


 ▽ど、どうした? 


 ベルカは答えず、ただ静かに涙を流した。

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