第8話 利用されている少女

 高遠はやれやれやと溜息を吐いた。

 彼は汗水から貰ったデータで雷神隼人の情報を得ているが、彼の行動が理解できなかった。盗聴や盗撮されていることを知っているのに、そこから引っ越す所かむしろ隣の部屋を借りて住み続けているのだ。

「泰山美香のいる部屋と、自分だけの部屋を行き来している理由はなんやねん。結局筒抜けやから意味ないやろ。というか、雷神の奴。絶倫すぎやろ。一日で何回抜いとるねんあいつは」

 高遠は心底呆れていた。



 それに雷神隼人の下事情だけではなく、彼の現在の上司である内臓も悩みの種である。彼は大海組に協力して泰山美香を捕獲しようとしないところか、大海組のパトロンである富士見生体科学から百億と研究データを流出させるなどといった同業種で対立を煽るようなことをするなどと愚かなことだ。

「内臓を見限って汗水さんのところに尻尾振るんが正解やろうか? だとしても戦力に不安がある。わいと汗水さんで組んで雷神隼人を抑えたとして、あの三人組が捕えられるか? 戦力不足や。わいはどうすればええねん」

 と悩んでいる時、良いアイディアを思いついた。



 利用できる人間が二人いるのだ。

「二人を引っ張れれば、わいもオークショニスト相当の戦力を得ることになる。くくく。これからはわいの時代や」

 良いアイディアを思いついた高遠はニヤニヤと笑った。 


 城山涼は以前とかなり姿が異なっていた。ボサボサになっている髪を凍らせてまとめているため、オールバックしているようになっている。目は険しく、目の下にはクマができている。げっそりとやせ細っている上に肌は青白かった。

 涼は能力に目覚めてから、裏社会の人間に力で言うことを聞かせて、正樹の情報を調べま回っていた。



「お前。泰山組の安田正樹のことについて知っているか? 情報を吐けば見逃してやる」

「泰山組なんて弱小組、誰も興味ねぇよ」

「ならお前は用なしだ。凍えて死ね」

 彼女は今日もヤクザの事務所に突撃して、ヤクザを壊滅させていた。

 そこに来訪者が一人現れた。



「凄い能力や。その氷の能力、正樹を思い出すで」

 高遠は涼になれなれしく話しかける。

「あんたは正樹のことを知ってるの?」

「もちろんや。あいつとはかなり仲良くさせてもらってたで」

「かなり仲良くねぇ。じゃああいつが死んだことについても知ってる?」

 と涼は臨戦態勢を取りつつ、問いかける。

「知ってる。犯人もな」



「誰?」

「泰山組の雷神隼人や。あいつは正樹が都合悪いと思って、殺してしまったんや」

「都合が悪い?」

「そうや。あいつは泰山組の人間やのに、その一人娘の泰山美香を狙ったんや」

「そう。それは許せないわね」

「わいは泰山組のボスに頼まれて一人娘を保護しようと思ってるんや。協力してくれるなら復讐する機会を作るで? どうや?」

 高遠はまったくでたらめなことを言って涼を説得した。



「分かったわ。あんたに協力してあげる」

「その意気や。わいはその復讐を応援するで」

 と高遠はにっと笑った。

「じゃあさっさと場所を教えてよ」

「まぁまぁそういきり立つな。実はな。あいつの周りには厄介な奴がいるねん。それを取り除くためには俺らにも力がいる」

「力? あなたと私の二人でなんとかならないの?」



「そりゃ無理やな。なんでか説明したる。まず俺らより強い奴が多い。ざっとあげるだけでも内臓、雷神隼人の二人がいる。それだけじゃない。懲罰組っていう裏社会では知らないやつがいないくらい最強の組織の幹部が動いとる。つまりや。雷神隼人を殺すにはそいつらの妨害を潜り抜ける可能性がある」

「懲罰組の人間が内臓を抑えるんじゃないの。そしたら後は雷神隼人だけになる」

「懲罰組とオークショニアの力関係は正直言って読めん。二人共相打ちになってくれるのが都合いいけど、そうとも限らんやろ。内臓が勝って雷神隼人を殺しに行く可能性がある」



「内臓と懲罰組が激突したとして勝敗が読めるわけじゃない。内臓が雷神隼人を殺してしまう場合があるっていうこと」

「そういうことや」

 と高遠が頷く。

「ねぇ。疑問に思ったんだけど、なんで一ヤクザの娘を皆で狙ってるわけ?」

「不死の臓器や。裏社会では有名なんやけどな、その臓器を移植すると不死身になれるっていう噂があるんや」



「それでみんな、泰山美香を狙うわけね」

「正樹は臓器を狙う抗争の犠牲になったわけや」

「それでどうするわけ? 私達には勝算がないんでしょ」

「そのためにわいらもリクルートする必要がある」

「あてはあるの?」

「あるで。雷神隼人、内臓、剛田力也の三人の特記戦力に対抗する対抗馬がな」

「それは誰?」



「折伏祈。魔女の枝葉っていうしょうもないカルト宗教の教祖や。やけど実力は数少ない能力レートAAAや」

「そいつの居所は?」

「もう連絡は取った。今から会いに行くで」

 高遠と涼は折伏祈に会いに行った。



 折伏祈のいる所は魔女の枝葉の総本山である。白を基調としていて、左と右に長方形、真ん中に楕円を組み合わせたような建物である。魔女の偶像崇拝は禁止しているのか、それの銅像や石像といったものはなかった。

 そんな建物の中に度々白いスーツを着た男女が入っていく。

「こんなカルト宗教施設に本当にいるの?」

「せや。さっさと行くで」

 二人は躊躇いなく、総本山に入った。

 入口に入ると、受付係に質問される。

「教祖様に会いたいんやが」

「もしかして高遠遼一様でございますか?」

「ええ、そうです。なんでわいの名前を?」

「教祖様から今日いらっしゃるだろうと言われていまして」

「それじゃすぐに会えるっていうことかいな?」

「はい。すぐに教祖様に連絡します」

「それには及びませんよ」



 受付を越えた所にある階段から教祖折伏祈が降りてきた。

「きょっ、教祖様」

 受付係はいきなり現れたことに驚いていた。

「心配しないでください。会員たちの相談は今終えた所です。さて、高遠さん。ヤクザのあなたが私に何の用ですか?」

「あんた。わいらに協力してくれんか?」

「信心をしたい者がいると?」

 折伏は首を傾げる。



「いや。そういうことちゃうねん。わいらは不死の臓器が欲しいねん。けど、他にもわんさか競合がおってな。そいつらを抑えるのにあんたの力が必要なんや」

「申し訳ない。そういうヤクザの争いごとに私を巻き込まないでいただきたい」

 と折伏はぴしゃりと断った。

「そういうならあんたはどうしたら協力するっていうねん」

「魔女様のことに関わるなら協力させていただきます」

 と折伏は言い返す。



 高遠は魔女の枝葉という宗教をよく理解していなかった。というか魔女なんてのはせいぜい歴史の教科書で出てきた魔女狩りくらいしか思いつかなかった。

 理屈で説得できないなら嘘をでっちあげてしまおうと思った彼は、

「不死の臓器の持ち主の泰山美香は実は魔女の生まれ変わりなんやで」

 全く根拠のない嘘をついた。

「なぜそんなことが言えるのです?」

「不死身って言うんやで。普通に考えたら分かるやろ」

 と高遠が言う。



 それを聞いた折伏は合点がいった様子であった。

「成程。魔女様を保護しなければなりませんか」

「そういうことや。ということでこの三人で協力しようや」

 と高遠は言った。



 事態は突然動き始めた。オークショニアを抜け、大海組に敵対した内臓が動画投稿SNSのtheytvでこう宣言したのだ。

「泰山組組長泰山隆二の娘である泰山美香を連れてきた人間に百億を与える」

 と。

 それを見た隆二が慌てて、隼人に電話を掛けてくる。

「おい。美香を連れて早く逃げろ」 

 と言った瞬間に電話が切れる。

「美香ちゃん。早く準備しろ」

「はいっ」

 隼人と美香は素早く準備して、アパートを出た。



 しかしアパートは前回現れたヤンキーの数百倍の人数の人間が取り囲んでいた。内臓の動画に影響された人達だろう。

「まさかこの人達全員と戦うんですか?」

「そんなの必要ねぇよ」

 隼人は美香を脇に抱えて、脚力を強化する。

 彼は人ごみを飛び越える。

 町はずれまで逃げてきた彼は、周辺に人がいないことを確認して公園にある人が下に隠れられるドーム状の遊具に入って座り込む。

「ちっ。あいつのせいで面倒が増えた」

「内臓を倒さなくては止まりませんね」

「いや。このまま逃げながら内臓を探すのは危険だろうな。高遠と汗水の二人に背後を突かれる可能性がある」



「二人と戦わなきゃいけない可能性があるってことですか?」

「内臓と戦いながらあの二人を相手にするのは無理だ」

「じゃあどうするつもりです?」

「先に高遠を倒す。汗水の動きは予測できないからその場で対応する。それが当面の作戦だな」

 と隼人が言う。

「でも高遠がどこにいるかは分かりませんよ」

「高遠はもうそろくる」

「なんです。その根拠は?」



「場所を特定できる条件は十分そろってるからだ」

 隼人がそう言った瞬間、遊具が爆発を起こした。隼人と美香は穴から一目散に飛び出して直撃を免れる。しかし、二人は炎の壁で分断される。

「よぉ高遠。元気そうじゃねぇか」

「お前の相手はわいやないで」

「雷神隼人。貴様を殺す」

 涼は炎の壁を飛び越えて奇襲を仕掛けてくる。

「なんでてめぇがこんなところに!」

「正樹の仇!」

 隼人は興奮状態になってでたらめな攻撃を仕掛けてくる涼に冷静に対応しながら考える。



 こいつ。高遠に利用されてるな。そりゃそうか。あいつ一人じゃ俺と内臓に対抗するには戦力不足だったからな。

「おい涼ちゃん。気付いてねぇか。お前は高遠に利用されてるってよ」

「そうやって気を逸らそうとするなんて卑怯な」

「なら俺が証明してやろうか。高遠が正樹を殺したって」

 と言い、胸ポケットから正樹のスマートフォンを取り出した。

「こっ、これは?」

「これはな。正樹のスマートフォンだ」

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