第7話 幼女=無限

 二人の借りた賃貸の周りにはヤンキーが五人たむろしていた。彼らは拉致するためのミニバンを用意し、腰にはナイフをぶら下げている。彼らはまだ来ないかと機を伺っている。それを窓から覗き込んでいた隼人が言う。



「さて美香ちゃん。血に飢えたヤンキー共を倒しておこう」

「私の姿がバレたら厄介なことになるんじゃないんですか?」

「だからこの仮面をして戦うんだよ」

「この仮面、超視界が見えづらいんだけど」



「普通にやれば美香ちゃんが勝っちゃうからさ。これも練習だ。で、武器はもちろん現地調達な」

 美香はこれ以上隼人に抗議してもどうにもならないと悟った。ヤンキー達の下へと近づいて、いきなり一人をぶん殴った。

「なんだこのイカれ女は」

「仮面引っ剥がしてまわしてやらぁ」

 ヤンキーの一人がナイフを振り回す。



 美香は音で方向を特定し躱す。更にそのヤンキーの関節を極めてナイフを奪う。

 動揺しているヤンキーに前蹴りを入れて、つんのめった所で蹴りを入れて昏倒させる。

 それに動揺した残りのヤンキー達の動きが崩れる。美香はチャンスと言わんばかりに、身体を回転させる。流れるように彼らの顎を叩く。脳震盪を起こし、倒れたのだった。



「やりましたよ隼人さん」

「おう」

 隼人は美香と協力してヤンキーを回収した。ヤンキーと美香の乱闘は通報されたかと思っていたが、幸い目撃者はいなかったようだ。

 拘束されたヤンキー達が正気を取り戻した。



「こっ、このクソアマ。よくもやってくれたな」

 目を覚ましたヤンキーの一人が美香を睨みつける。

「五対一で負けてる時点でカッコ付かないんですけどね」

 と美香は正論を言う。

「クソっ」



「で。その女の子より強いのがこの俺よ」

 と言いながら隼人は美香の尻を触る。

「死ねっ」

 と悪態を突き、パンチしまくるが隼人はそれを軽々と躱す。

「なっ。お前らが瞬殺した女の子より俺は強いってこと」



 それを聞いたヤンキー達は死期を悟ったかのように顔が蒼白になった。

「だっ、出してくれよ。けけけ警察に自首するからさ」

「うんなのいらねぇよ。俺はよぉ。お前らがなんでここら辺をうろついているかって聞いてるんだよ」

「そりゃ泰山美香って組長の娘に二百万の賞金が付いているからだよ」

「小遣い稼ぎに拉致ってか」

 隼人はヤンキー達の行動に呆れていた。



「誰が賞金懸けたんだ?」

「なんか小山組ってヤクザ」

 とヤンキーの一人が答えた。

「大海組の五次組織ですね」

「で、なんでここに?」

「リストを渡されたんだよ。この賃貸のどれかに住んでるって」

 と説明する。



「リストは」

 と隼人に急かされたヤンキー達は胸ポケットに入っていると合図をする。

 隼人はそれを奪い取り、リストを眺める。

 リストを眺めて、なにかに気付いた隼人は汗水に電話を掛ける。

「事情は知っていると思うが……小山組の奴らが、いや大海組の奴らが本格的にしゃしゃり出てきてやがる。どうなっているか事情を説明しろ」



「オークショニアが信用できなくなったんでしょう。ターゲットの泰山美香をいつまでも奪うことができていないですからね」

「それだけじゃねぇな。大海組の人間はお前らのうち、どっちかが美香ちゃんを隠したって疑っている、だろうな」

 と返す。

「リストの適当な所を読み上げてくれませんか」

 隼人は汗水の要求に答える。



「成程。これはおそらく大海組とその関連組織が経営している不動産のリストですね。関係者が協力しているところまでは見当がついていますが、私が匿っているということまでは確信できていないというところでしょうか」

 と汗水は答える。

「この状況を長く続けることはよくないな」

 と隼人は呟いた。

 


「くぅ。このままでは大海組の人海戦術に押しつぶされてしまう。私の野望を、奴らのご機嫌取りなどに潰されてたまるか」

 内臓は不死の臓器に賞金が懸けられて、しかもそれが釣り上げられているのを黙って見ていられなかった。



 雷神隼人は仮にもセラーの高遠とオークショニストの汗水を倒す実力の持ち主。そう簡単に倒されないとは思いますが、それでも不安だ。一刻も早く不死の臓器を取りに行かねばなりませんね。しかし私の使える駒は高遠一人。高遠一人では負ける可能性がある。



 戦力が必要だ。それもスキルレートAAAクラス、もしくはそれに匹敵する暴力の使い手が。それには最低十億。確実性を考えるなら五十億は必要だろう。



 内臓の手元には五億円程度しかなく、それではとてもではないが彼の必要としている戦力を雇うことができなかった。

 そこで思いついたのがパトロンの金を盗むことだ。



 大海組の資金を支える百人のパトロンのご機嫌取りのために作られたオークショニアはパトロンとのコネクションがある。そのコネクションを通じて同業種のパトロンが対立していることを知っていた。思いつくのはアメリカに本社が籍を置くウィリアムバイオテックと、日本に本社の籍を置く富士見生体科学の不和であった。これは業界外でも噂になるくらいである。



 内臓が比較的懇意にしていたのはウィリアムバイオテック社である。

 ウィリアムバイオテック社のCEOのウィリアムに連絡を取る。

「いつもお世話になっております。内臓でございます」

「内臓君か。不死の臓器はどうなった?」

「それがですね競合と戦力差が開いてしまい、困っているところです」



「金を無心するつもりか? どのくらいだ?」

「百億ほど」

「百億だと? そんな金は払えんよ」

「なので富士見生体科学から金を引っ張ろうと思うのです」

「なにを考えてる?」



「CEOにお願いしたいことは一つでございます。ハッカーを融通していただけませんか? 万が一ばれてもあなたとの関りがバレないように致しますので」

「腕利きが欲しいということだな」

「ええ。それと富士見の技術データは御社に無料で提供させていただきますよ。どうでしょうか?」

「魅力的な提案だな。凄腕をそっちで使えるようにしてやる」

「ありがとうございます」

 と内臓は礼を言って通話を切った。



 その後内臓はハッカーと協力して富士見の技術データと百億を盗み出すことに成功したのだった。

 ウィリアムに技術データを流した後、彼の望んでいる人材に通話する。




 剛田力也という男はおおよその人類とかけ離れた体躯をしている。身長は二百三十センチ、体重は百三十キロ。断じて背丈の高いデブではない。その身体の全てが筋肉で構成されている。しかも驚くことに無駄がない。体脂肪率は驚異の一桁である。

 彼は沢山の孤児院を経営している。それだけではなく子供を保護する施設やその他の孤児院にも多額の金を寄付している。あしながおじさんならぬ、マッスルおじさんと呼ばれている。彼は今日も自分で経営している孤児院を訪問している。

 彼が来ると孤児院の子供たちが駆け寄ってくる。

「ねぇ力也。算数教えて。2×11だとなんで22になるの?2×2だと4なの? 二が二個っていうなら22になるんじゃないの」

 そんなことを聞くなという風に彼は首を横に振った。



「俺の算数は二つの式で完結しているのさ」

「力也も九九できないなら小学校からやり直した方がいいよ」

「その必要はないさ」

「変なの」

「そうだ。俺は変人で社会からつまはじきにされてる。お前は沢山学び、よく食い、よく動け」

 と言って少女の頭を撫でた。

「力也が落ちぶれたら私が養ってあげるから安心して」

「へへっ。期待してるぜ」

 と言って他の子供の所へと訪れる。



 彼は孤児院の子供と話している時が至福の時間である。

 しかし、その至福の時間は突然消え失せることになった。

 彼のスマートフォンに一件の電話が掛かってきたのだ。知らない番号なら無視することができたが、この番号はオークショニアのオークショニストの携帯番号であった。



「ごめんな。仕事の話で電話が来たみたいだ」

 と言って孤児院を離れて、自分の車の中に入って電話に出た。

 話の内容は、自分を戦力として使いたいということだった。

「俺は親父にそれなりの恩を感じてるんだ。親父の敵になることはできねぇ」

「百億。それとあなたの好きな幼女のパーツの詰め合わせをあげましょう。悪い話ではないですよね?」



「内臓。お前はこの世で最も重要な式を知っているか?」

「さぁ。私は数学より夢を大事にする主義でしてね」

「ならこれだけは覚えておくといい。幼女=無限だ」

「あなたは度を越えたロリコンであるということですね」

「俺は無限の可能性を愛する男だ。百億積んでこようが、未来を脅かす奴に与することは許さないぜ」



「生身がご所望でしたか」

「話にならねぇな」

「あなたの望みを一つ叶えてさし上げましょう。どうです?」

「俺の望みはこの電話を終わらせることだ。そして俺はお前の言う事なんて聞かない」

 と言って通話を打ち切った。

「さて戻るか」

 と思っていた時、一人の職員が訪ねてきた。

「すみません院長。今、お話できますか?」



「どうしたんだ?」

「実は相談したいことがありまして」

「相談?」

「孤児院の設備が壊れてしまって。買い換えをしたいなと思いまして」

「買い替えか」



「その、すみません。わがままを言うようなことを言ってしまって」

「いや。君達はよくやってる。普段通えない俺の分までな」

「そう言ってもらえると嬉しいです」

「どの設備を買い換えたいかリストを送っておいてくれ。すぐに買い換えるからな」

「あっ、ありがとうございます院長。神様みたいな人です。あなたは」



「俺達大人がやらなきゃいけねぇ仕事がある」

「未来を守る、ですよね。私は院長の理念、とてもいいと思ってますから」

 剛田はふっと笑った後、

「金はいくらでも出すから安心しろ」

 と言った。

「ありがとうございます」

 女性職員が頭を下げて孤児院へと戻っていた。

 その後電話が掛かってきた。



「おう剛田。仕事だ」

「大方予想はついてる」

「ああ。内臓がパトロンの会社の金をハッキングで奪い取りやがった。お前には内臓の抹殺を依頼したい。ついででいいが、不死の臓器の件も頼む。もし、不死の臓器を連れて来たら言い値で払ってやる」

「雑魚のお片付けと、ガキの拉致か」



「ああ。最低でも十億は保障してやる」

「やれやれ。大海の親父には恩義はあるし、やってやるとするか」

「頼んだぞ」

 そう言って通話は終わった。

 剛田力也。

 彼は慈善家ではない。対ヤクザ用組織懲罰組の幹部である。 

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