第6話 魔女教支部長折伏祈の信仰体験談
隼人は汗水の協力の下、二人で暮らせる賃貸を急遽用意してもらった。これは隼人が考えた作戦を行うためである。
隼人は泰山組の事務所から場所を移すことで、泰山組に対する襲撃を減らそうと考えたのであった。
それを聞いた隆二は反対したが、隼人が内臓をぶっ飛ばすためだと話をして説得したのであった。
「さて。愛の巣に着いたぜ美香ちゃん」
「私。隼人さんと愛し合っていませんから」
「そうつれないことを言うなよ」
「端的に事実を言っているだけです」
と下らないやり取りをした隼人は懐かしい気分になり、柔和な笑みを浮かべた。
「どうしたんですか?」
「なんでもない」
自分の中で懐かしいという感情が湧き出た意味が分からなかったため、そう答えるしかなかった。
「隼人さん。私はもっと強くなりたいです。お願いします」
「そうだな。もっと強くなってくれよ美香ちゃん」
と隼人は美香が強くなることを切実に願っていた。
テンガロンハットに白スーツを着た細身の男は、薄汚れた安っぽいアパートへと向かった。一〇五号室のインターホンを鳴らした。
「留守? いえ。きっといるのでしょう。人間とは現状維持を好み、正しき道へ行くこと、自身を革命することを恐れる生物です。私はそんな人間の愚かさも愛している。しかし、全人類が幸福に至るには魔女様を信心しなければならない」
男は返事をしていないが、インターホン越しに語り続ける。
「魔女教の道支部長の折伏祈でございます。あなたのお母様から住所をいただきました。是非活動に参加して、幸福になって欲しいという気持ちがありまして参りました」
しかしインターホン越しから返事がされることはなかった。
それもそのはずだ。この一〇五号室の住人は狂った魔女教に家族が洗脳されてしまった。 その結果逃げるように一人暮らしをして今にいたるわけだから当然、魔女教の人間と会話をしたいと思うはずがない。むしろ早く帰ってくれというのが本音なのだ。
「あなたはきっとこう思っているのでしょう。早く帰ってくれと。その気持ちは痛いほど分かります。あなたは親が狂ったという風に考えているでしょう。しかしですね。あなたのお母様はあなたのことを深く愛していました。あなたに幸せになって欲しいから魔女教を信仰することになったのですよ」
と折伏は言い続ける。住人が何も答えないのにだ。
「私が実際に経験したことを聞いてください。私がニューヨークに留学していた時のことです。友人とマク〇ナルドで食事をしていた時のことです。無差別殺人犯が店に押し入ってきたのです。彼はサブマシンガンを乱射して客を次々と銃殺していくのです。しかし私は無事に生き残りました。きっと私は魔女様に救われたのでしょう。魔女様は私に使命をお与えになった。自己と世界を改革するために生きなさいと。ああ、魔女様。私はこの生涯を自己の向上、世界の改革に捧げましょう。手始めにこの国を改革して見せます。ああ、魔女様」
と熱っぽく語っていた。
しかし住人はそれに対して何も反応しない。
折伏祈は報われないとか、無駄だとかそんなことを一切考えずに六時間話し続けた。正しいことを成すために茨の道を歩むことは当然であるという心情があるからだろう。
住人は頭がイカれていると思っていた。警察に通報しようとするが、スマートフォンが捻じれる。その次は蛇口がひとりでにひねられて水が流れ始める。電気が急に止まり始める。
住人はもしかしてドアをこじ開けられるのではないかと不安になり、ドアチェーンを掛けた。
最悪の事態は避けられると確信した後にインターホンに出る。
「あんた。なんなのよ。私は魔女教なんて信じる気はない」
「私は折伏祈です。もう一度魔女様を信じてみませんか?」
「嘘……」
住人が驚くのも無理はない。
ドアチェーンどころか、扉ごとねじ切られて強行突破してきたのだから。
「おお。ようやく顔を合わせることができましたね。お嬢さん」
と折伏祈は笑ったのだった。
この後はというと、住人の女性は再入信させられたのだった。
「汗水め。自分の管理している賃貸に住まわせて匿ってしまうとは。しかも彼は大量の不動産を持っているから所在地を特定するのに時間がかかる。いっぱい食わされましたね」
「はい」
と高遠は返事をする。
「それに比べてお前はなにかしたか?」
「俺は……その、泰山組の戦力を減らしました。安田正樹を殺しましたから」
「目的はなんだ?」
「ふっ、不死の臓器を奪ってくることです」
「そうです。あなたは汗水君と反対に勝負に勝ち、試合に負けたのですよ」
そう言われた高遠ははっとした顔をした。
「お前はそれに気付かず、自分の手柄のように主張した。貴様はサプライヤーに降格だ」
「そっ、それだけはお許しください。このセラーの身分も苦労して手に入れたものなんです。お許しを」
「お前に自分はなにも手柄を立てていないということを理解する脳があればこんなことは起こらなかったのです。次、下らない文句を言ってみなさい。あなたを殺しますよ」
「もっ、申し訳ございません内臓様。次は必ずや不死の臓器を奪い取って見せます」
「そうです。そしてそれを必ず私に献上するのですよ」
「はい」
高遠は表面上は内臓の言葉を殊勝に受け入れていたが、心の中では怒りに燃えていた。
それと同時にしたたかにオークショニア内の政治を計算した。もう内臓についていくのは無理やな。と。
深夜。隼人と美香は汗水から借りたアパート付近にある公園で、格闘の練習をしていた。
最初は一方的に隼人に殴られ続けるだけだったが、最近では攻撃し返せるようになっていた。
隼人もこの成長ぶりには肝を冷やすくらいだった。
「これで今日の特訓は終わりだ」
と隼人が言うと、美香はふぅと息を吐いた。
「ご飯作りますから待っててください」
と言って美香は台所へと立って、夜食を作り始めた。焼き鮭と味噌汁にごはんというシンプルなものであったが、隼人はそれに懐かしさを感じていた。
「妹さんってどんな人だったんですか?」
「ああ。あいつはいい子だったよ」
とだけ隼人は答えた。
隼人は妹の礼が殺された五年前の出来事を思い出した。
五年前の深夜。
隼人と礼は家を抜け出していた。家出などではなく、夜食を食べたくなったという単純な動機だ。コンビニでスナック菓子やチョコレート類の菓子や炭酸飲料を買った後、帰ろうとしていた。その帰り道に内臓が夜闇からにわかに現れた。
「なんだお前は」
「私は内臓。パーツを求めて色々な所をブラブラとしています」
「パーツ」
「メラニン色素の少ない青い眼球。シルクと見紛うほどに美しい肌。鼻筋の通っている鼻。分厚過ぎず、薄すぎない色香を帯びた唇。よき骨、しなやかな筋肉……理想の少女を構成するためのパーツ探しには一切の妥協をしません」
「礼、逃げろ。この変態野郎は俺が相手にする」
「私の邪魔をしないことですね」
と言って内臓が跳び蹴りを仕掛けてきた。
昏倒した隼人は意識を失う。
その直後に目を覚ますが、そこには礼はいなかった。
警察に通報したが、礼の目撃情報もなければ、遺体も彼女のDNAを含んだものも見つからなかった。
警察は当てにならないと思い、礼の捜索を続けて裏社会を渡り歩いた彼は礼の痕跡を発見する。右手の人差し指がもぎ取られていた。
「礼をパーツみたいに……」
隼人は己の非力さを感じ取り、慟哭した。
「そう。俺は内臓を殺すまで止まれないのさ」
「すみません。気分を悪くさせてしまって」
隼人は首を横に振る。
「そうか。気まずく思ってるか。そう思ってるなら美香ちゃんが傷心の俺を慰めてくれるかな」
と両手の指をくねくね動かして見せた。
「止めろ馬鹿」
とビンタされた隼人は一瞬、視界がぐらついたがすぐに意識を取り戻す。
「じゃあ美香ちゃんの親父にエッチな店紹介してもらおう」
と言って隼人は電話し始める。
「えっ? 本当に行くつもりですか?」
美香が引いているのを無視して隼人は電話をするのであった。
「おお出たか。ハゲ親父。いい店紹介しろや」
と言って通話を切るのであった。
「今のところ大きな動きはないみたいだ」
汗水は別の賃貸から隼人達の部屋の盗聴と盗撮を行っていた。
「順調ね九君」
「ああ。まさか向こうがあんなことを言ってくるなんて驚いたよ。でも、まだなにも始まっていないんだ。不死の臓器のオークションを成立させて組に金を上納しなければね」
汗水九の目的はオークショニアの上部組織である大海組の幹部になることであった。幹部になれれば自分と自分の部下の安全を確保することができるからだ。
「九君ならきっとできるわよ」
ラミィは緊張している九を励ます。
「今は焦らずに雷神さんに信用してもらわなければいけませんね」
「きゅう君。あの件どうする?」
「高遠君も協力してくれたらいいね。僕達だけじゃあの二人にはどうやっても勝てないからね」
二人が話していると盗聴器から隼人の声がはっきり聞こえてくる。
「汗水。あんた、俺の部屋に盗聴器を仕掛けてるだろ。いや、盗撮もしていやがるか」
汗水は生唾を飲み込んだ。隼人が盗聴を見通していたことなど想定外だったのだ。
いや、普通に考えればそれくらいのことをされていると考えているのか。雷神隼人は頭が悪くて暴力的、というのは訂正した方がよさそうだ。
汗水は隼人の電話に掛ける。
「雷神さん。なにかございましたか?」
「別に。盗聴の件ではとやかく言わねぇよ。だけど美香ちゃんは一人で一部屋使いたいみたいだから隣の部屋を融通してくれないか」
「それはそうですよね。盗聴されて嫌な気持ちになるかと思います」
「それとよ。男のあんたなら分かるだろ。一人でエッチなサイトとか見たりしてよ」
と隼人が言う。
「ええ。もちろんです」
「そう。俺専用のシコシコ部屋を用意してくれ。そうすりゃあんたの盗聴と盗撮は許してやる」
と隼人が提案するのだった。
隼人は汗水が盗聴と盗撮をすることにより、泰山美香の正確な位置を知るというイニシアチブを得ることが出来ると知っていた。
汗水は隼人がそのことを読んでいることを察した。警察との密約で強力な能力を有するオークショニストは一つの市町村に二人しか滞在できないというルールがあった。ルールによって敵は自分以外のもう一人のオークショニストである内臓と、泰山美香を守る雷神隼人の二人になった。
どちらもなにを考えているか分からない難敵ですね。これは。しかし内臓より考えを読むのは容易い。信頼を勝ち取ればなお更にいい。監視網に穴が空くのは癪だが、要望を飲もう。
「もちろん。でも汚したりしないでくださいね。一応賃貸ですので」
「まぁそんな過激なことはしねぇよ」
と隼人は笑っていた。
「明日、鍵をポストに入れておくので受け取ってください」
と言って汗水は通話を切った。
「ねぇ九君。雷神隼人とどんな会話してたの?」
「彼は少々下品でして困りましたね」
肩を竦めながらラミィに言う。
「きゅう君と違って女日照りだからね。で、きゅう君は誰とするの?」
と言われて振り返った汗水は歪な笑みを浮かべている三人の女性に取り囲まれることになる。
「きょっ、今日は。だって、明日は忙しいからぁっ」
汗水は三人にとっかえひっかえ弄ばれるのだった。
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