第5話  汗水の壁

 隼人は色取り取り、個性的な亜人の美女達が病気のガマガエルみたいな男の側に付いている事実に絶望してしまう。

「ここはイケメンがモテる国じゃねぇのかよ。イケメンの俺は隣の女の乳すら揉めねぇんだぞぉ?」

 と男の方を見て怒り狂う。

 隼人は汗水を分析する。オークショニストなだけあって高遠よりも強いと。


 汗水が

「君達は泰山美香をお願いします」

「きゅう君を一人になんて」

汗水は

「必ず勝ちますから」

 と言った後に足下から粘度のある液体を大量に噴き出した。それは彼の意思で自由に動く。それで壁を作り、内側と外側を遮断した。



隼人は

「ローションの防壁なんて初めて見たぜ」

 と言って壁のことを面白がってみせた。しかし内心はあの水は最早粘土みたいなもんだな。それを自由に操っているってことはあれはあいつのテリトリーって言ってもいい。




 本体を叩かなきゃ美香ちゃんの応援が出来なくなってしまう。

 隼人は汗水に対して素早い正拳突きを繰り出す。しかし正拳突きは汗水の腹に吸い込まれた。

汗水は

「腹が揺れるくらい良い正拳突きでした。しかし……」

 そう言った瞬間汗水の腹部は水が渦を描くように捻れた。彼の右手もそれに巻き込まれてしまう。隼人はどうにか手を抜こうとするが、水がどんどん重くなり抜けなくなってしまう。




「ちぃっ。抜けねぇ」

 隼人は踏ん張って抜こうと力を入れるが、その努力は虚しい。汗水はこの状況を利用した。渦の方向を一定にして激しく回転させたのだった。その勢いに負けて隼人は地面に叩きつけられる。それでもなお汗水の胴体は回転を続けた。隼人の肩の関節が外れそうになる。



「ライジング」

 身体強化を発動して、汗水の回転に抵抗した。反対に汗水を投げ飛ばしたのである。

「超ベタベタする水に体を変化させられる上に操るってのは厄介だけど力は大した事ないみたいだな」

「身体強化の能力者は数多くいましたが、このレベルは初めて見ました。内臓君の部下を追いつめるだけはある」

 汗水は隼人の力量を認めた。



「私にダメージを与えられるとは思わない方がいい。衝撃を全て消すことができるんだからね」

「この状況は絶望的かもな。でも思いついたことが一つだけある」

「水を全て飲み干すとか考えない方がいい」



「ご親切痛み入るね」

 と言いながら隼人は考える。

 おそらく奴は俺が『液体の干渉にはなにかしらの制限があると考えた』と思ったんだろう。ぶっちゃけ言って適当なことを言っていたが有用な情報を二つ得ることができた。

 一つ目は想定していたより、水のコントロールは不自由だということ。



 例えば俺に水を飲み込ませて、体中の水分をドロドロにして殺してしまうみたいな即死級の攻撃はできない。二つ目は奴が干渉できる距離は短いということ。



 水でスライム状の壁を作って距離を詰めてきたのは、俺と美香ちゃんを

 分断させるだけだと思っていた。でも奴の能力発動圏外に逃がさないための工夫でもあった。

 俺にも決定打はないがあいつにも決定打がない、みたいな状況だ。

「こりゃ困ったな」

「私もですよ」

 と汗水は返した。




 隼人と汗水の様子が分からずにどうすればいいか分からない美香は、汗水の部下三人と敵対することになった。美香はどうすればいいか考えていたとき、敵が奇襲を仕掛けてくる。最初に仕掛けた攻撃は龍娘の火炎放射だ。

 美香は素早くバックステップする。

 後ろからハーピィの娘が仕掛けてきて羽交い締めする。美香が振りほどこうとしたとき、羊娘が突撃してくる。彼女の角が美香の腹に刺さる。

美香は血を吐く。

ハーピィは角が刺さる直前に、美香の肩を足で掴み、腹筋の力を上手く使い美香の肩の上に立つ。

「スタンガンでこいつを気絶させて」とハーピィに指示する。ハーピィはスタンガンをポケットから取り出してスタンガンを首筋に突きつけた。美香は苦痛にうめき、意識を失いそうになる。

「ラム肉。こいつ、気絶しないよ」

「くっ。いいから続けなさい」

「こいつは市販の十倍はあるんだよ。殺せるレベルなんだよ」

「相手は不死身よ。あのこの情報が正しいならね」

「やるからね。死んだらラム肉が責任取るんだよ」

「ラム肉は余計。早くやれ」

 ハーピィはスタンガンから電流を流す。

「無理。セーフティがかかっちゃった」

「ちっ。なんてこと」

と羊女が舌打ちする。

 美香は何度も意識を失いそうになるが耐え切った。オークショニアに対する怒りがそうさせたのだった。

「私はオークショニアやヤクザという人種が死ぬほど嫌いです。けど私はあなた達が諦めるって言うなら見逃す」

「私達に諦めるって選択肢はない」

 ラミィが言い切る。

「ならあんた達をぶっ潰す」

 美香は角が抜けないことを確認し、角を掴んだ。そして角を自分の体の奥に差し込み、膝蹴りを叩き込んだ。

 ラミィは動揺していた。

「まずはあんたからだ。羊女」

 キレた美香はラム肉に何度も膝蹴りを浴びせる。

 何度も食らったラム肉は膝から崩れ落ちる。

 よし。隼人さんから教えてもらったことを生かせてる。

『能力者同士の戦いで意識することは二つだ。敵の能力と自分の能力をよく知ること。そして自分と敵の能力を利用することができるかを考えることだ』

 ラム肉っていう女の人はダウンした。後は鳥の子と、鱗の子だ。

鱗の子は炎を吐く能力、鳥の子は空を飛ぶ能力だ。二人に減ったけどあのコンビネーションは侮れない。問題はそれをどう崩すかだけど。

 美香が考えていると火炎のブレスが放たれる。美香は素早くかわそうとするが、ハーピィが後ろから回り込んでくる。羽交い締めしてくる。美香はそれから逃れるために思い切り後ろに倒れ込む。ハーピィは素早くその場から逃れる。ハーピィは転んだ美香に襲いかかってくる。美香はそれを真正面から受け止めた。しかし衝撃に耐え切れず、押し負けてしまう。身体がひしゃげて血が大量に出る。ハーピィはその血しぶきで目潰しされてしまう。美香はその隙をついて肉体を回復させる。そして動きを止めたハーピィに飛びついた。マウントを取った彼女はハーピィの関節を折り、動きを封じた。美香はハーピィを盾にしながら龍娘に言う。

「仲間の命と、私の臓器、どっちが大事?」

 と美香が問う。

 龍娘は黙り込む。

 美香は三人を拘束して、今咲の家に入れた。その時、美香はハーピィのポケットから改造スタンガンを奪った。

「後は隼人さんの方か」

 美香は隼人の方へと向かった。



「俺は内臓の情報が目的なんだ。あと美香ちゃんのことを諦めてくれるならすぐに引き上げてもいいと思ってる」

「泰山美香を諦めることはできませんね」

「俺とあんたは互角。今は均衡が保てているだけで、下手したらあんたが負けるかもしれないんだぜ」

「有利というなら私の方でしょう。あなたの攻撃でダメージが入ることはないんですから」

「いや違うね。あんたは壁の維持と、俺の攻撃のダメージを防ぐために能力を使ってる。単純に身体強化している俺より圧倒的にリスクを発症するリスクを背負ってる。結末は俺がやられるか、あんたがリスクを発症してぶっ倒れるかのどっちかだ」

 そう言ってみたものの実は不安はある。自分もリスクの発症確率が高くなりつつある。さきほどの理屈で行けば自分は相手にダメージを与えることもできないし、リスク発症の発症確率も上げているのだ。不利なのはどちらかというと自分だ。決定的な一打を与えて決着を付けたいというのが本音だ。しかも決着を付ける糸口は見えているのだ。

「強がりを。本音では焦っているくせに」

「上等だ。とことんやり合おうぜ」

 と隼人はにやりと言った。

 そう。隼人には勝ち筋が見えている。

 まず考えるのは汗水がヌルヌルの固形にする水の性質についてだ。水道水を使っているのかと思いきや、そんなことはない。嗅覚強化で調べた結果、塩素などが含まれていないということが分かったからだ。わざわざ純水を使う理由は一つ。あいつの警戒している攻撃は電気だ。

 隼人と汗水の格闘戦が始まる。しかしまたしても同じ結果になる。隼人が投げるが、汗水は簡単にそれを受け止める。

 隼人が汗水の様子を何度も見てみると今までと変わりがない。

 答えが分かっているのにそれを実行するための道具がないというのはもどかしかった。美香に助けを求めるにしても作戦がバレて警戒されるのを防ぎたいから声を出すわけにもいかない。外に助けを求めることもできないか。

 隼人は助けを求めることも電気を使えないことも悟り、腹を括った。

「あんたの使っている水は水道水じゃねぇ。ずっと不思議に思ってたぜ。水道水より準備するのが難しい純水を使っている理由がよ。お前、電気に超ビビってるんじゃねぇの」

 それを聞いた汗水の顔は険しくなる。

「やっぱりな」

「でもあなたはどうするつもりです? 水の性質を変えるなんてあなたにはできない」

「そんなの思いついているに決まってるだろ」

 隼人はにわかにズボンと下着を脱ぎ始めて汗水に突撃し始めた。

「おっ、おかしくなったのか?」

 汗水は動揺するが、隼人は構わず突撃する。彼は下半身を汗水の体に埋める。脱力して思い切り放尿するのであった。

「もっ、漏らした。漏らしたァァ」 

 汗水はいきなりの行動に絶叫した。

「これで電気が流れるようになった。俺の作戦勝ちだ」

 と隼人が叫ぶ。

 しかし予想外のことが起こる。汗水の体が溶け出しているのだ。着てる服が溶けていき、肌も溶けていく。そして新しい服と肌を露出させたのだった。

 ガマガエルのような顔ではなく、美青年の顔とスラッとした細身の体になった。

「小便して脱皮ってか」

 と隼人は笑った。

 こいつは純水に不純物が加わると維持できなくなるってことかと納得した。

 同時に戦闘の局面が変わったと自覚した。

「雷神隼人君。君の奇策には驚かされた。けどね私も負けるわけにはいかないんだよ」

「可愛い子ちゃんの前でカッコつけて死ぬなんて馬鹿々々しいぜ。あんた」

「こっちは命が懸かってんだ。部下は俺が死んでも死なせん。そう決めたんですよ私は」

「あんたのことは嫌いじゃねぇ。女にやけにモテてる以外はな」

「それなら私に泰山美香を譲ってくれませんかね」

「何度でも言うぜ。やらねぇよ」

 隼人と汗水が向き合った。

 先に動いたのは隼人だ。ライジングによる身体強化を用いた素早い動きで汗水を撹乱した。

 汗水は彼の動きを目で追いながら、水を操作して攻撃を仕掛ける。隼人はそれを躱しつつ、汗水に打撃を加える。汗水は重い一撃を喰らい意識を失いかけたが、後ろにいる部下達の命が懸かっているということに気付き、歯を食いしばった。

 同時に粘液が隼人の足を取り、彼を転ばせた。

 周りの水を操ることができたのに気付いた時はすでに遅かった。

 汗水は拳銃を構える。

「形勢逆転ですね」

「お前の敗因はさっさと撃たなかったことだ」

 隼人はブレイクダンスをする要領で頭と両腕の三点を軸に回転し始める。

 完全に粘液が取れることはなかったが、無防備な汗水の顎に蹴りを叩き込めるくらいには動かせた。

 クリーンヒットした汗水はダウンして意識を失った。

 隼人もかなり体力を消耗していたため、その場から動くことはできなかった。


 汗水達を拘束した隼人は内臓の情報を聞き出すために尋問する。

「内臓のことに関して知っている限りのことを教えろ」

「私は内臓さんと関わりありません。もっと言えばオークショニアのメンバーも内臓さんとあまり関わり合いになっていないのです」 

「仲間をかばうつもりか?」

 隼人の言葉に対して、汗水は首を横に振る。

「内臓さんはオークショニア内で孤立していますから」

「孤立してる?」

「オークショニアは警察との密約に違反しない程度に泰山美香を狙っています。私達のパトロンのご機嫌取りのためにね」

「内臓とは事情が違うな。あいつは確か……」

「理想の少女を作るとかいう変態趣味のためですよ」

 と美香が心底軽蔑した表情を見せる。

「あんたらは内臓と積極的に協力する立場じゃないってことか」

「ええ。そういうことになりますね」

 汗水は頷く。

「提案なんだが、俺達で協力しないか?」

「協力、ですか?」

 汗水はその言葉を聞いて戸惑っている様子だった。

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