第3話 なんでてめぇらの言うことを聞かなきゃいけねぇんだ

「よぉ正樹。こんなところに潜ってなにでも擦ってたのか?」

「くっくく。そりゃ傑作やわ」

「隼人君。話を聞いてくれ」

「美香ちゃんを寄越せって話か? そんなのノーに決まってるだろ」

 隼人は正樹の話を聞く気はない。



「違うんだ。こいつが美香ちゃんを攫わないと皆に危害を加えるって脅してきたんだ」

 正樹は話の一部を改変して伝える。

「違うで。こいつはお前らより妹の方を取ったんや。お前らは軽く見られとるんやで」

 高遠は正樹が隼人を自分の側に引っ張ろうとするのを見て、それを邪魔する。



「このシスコンは妹のために美香ちゃんを売ったってことか。で、てめぇは買い取り業者ってことか?」

 隼人は今ある事実を整理しようとした。しかし整理して思いつくのは正樹と高遠が結託しているという事実であった。敵二人に囲まれている状況は厄介と言える。しかしそれと同時に思うことが一つだけある。高遠が正樹を追っていた理由が分からない。味方同士っていうならさっきと正反対の行動をするはずだ。いや、あそこで俺を攻撃してくるはずだ。正樹はそこから一つの仮説を導き出す。




 正樹と高遠は敵対している。そしてさっきの両者の発言のうちどちらかが嘘であると。

 隼人の予想は当たらずとも遠からずといった風である。真贋を見出すことが面倒になり、彼は腹を立てていた。

「隼人君。こいつはオークショニアの人間で内臓のことを知っている。僕と組めば高遠に確実に勝てる。内臓の情報を聞き出すことができるんだ」

 と正樹は主張する。



 正樹は隼人を味方に引き込むことで勝負が大きく変わると信じていた。そのため、彼にとって良い話を選んでいく。

 高遠はそんな正樹の意図に気付き、それを阻止しようと企む。

「そうか。お前は内臓に因縁のある人間なんやな。わいもや。それなら利害は一致しとる。もしお前がわいの味方になるっていうならちゃんとした情報を言うで。こいつに協力したってわいはでたらめなことしか言わん。どうする?」

 隼人の心情を察した高遠はメリットを強調して言う。

「そりゃいいや。それならお前と組んだ方がメリットはありそうだな」



「まさか美香ちゃんのことを裏切るつもりか?」

「お前に言う資格はねぇよ」

 隼人は正樹にとがめられても平気そうにしている。

 正樹は頭を必死に働かせる。どうすれば隼人を引き込めるかと。



「もし君が僕と一緒に高遠を倒すっていうなら美香ちゃんのエッチな写真をあげよう。君、ぶっちゃけ言って美香ちゃんのことを性的な目で見てるだろ?」

「そっ、それは……いや、いやいや。見てない見てない」

「僕には分かるんだ。君が美香ちゃんを見る視線は明らかに性的な感じの視線だと」

「ぎくぎくぎくっ」

 隼人は自分の気持ちが見透かされていたことに驚いていた。



「こほん。俺が美香ちゃんの味方をやめたら誰がやるっていう話、だよな」

「まっ、待つんや。可愛い子がお望みって言うならレパートリーはわいの方が上やで。ギャル系から清楚系、中華系、北欧系、日本人、もっと言えば世界中の美女をオークショニアのコネを使って呼んでやる。しかも何人でも好きにしてくれて構わん。その金はわいが負担する。悪くないやろ」



 そう提案された隼人は顎を手に当てて考え込む。

「俺、思ったんだよな。どっちの条件も良いなって」

 と隼人は言う。

 隼人の発言を聞いた二人は騒然とする。

「正樹かわいかっちゅう話やろうが」

 と高遠は抗議する。

「そうだよ隼人君。思い直してよ。ここで僕に協力してくれるなら美香ちゃんに良いように言ってあげるからさ」

 正樹は自分を選ぶようにともう一度アピールをする。



「二人共ボコって言うことを聞かせりゃいいんだよ。なんでこんな簡単なことが思いつかなかったんだろうな」

「わいと正樹の二人相手にするやて? そんな馬鹿な話があってたまるかい」

「そうだよ。冗談は顔だけにしてよ」

 二人は一緒になって隼人に抗議する。



「腹立ったぜ。てめぇらをぶっ飛ばして言う事聞かせてやる」

 隼人はファイティングポーズを取り、その場で軽くジャンプした。身体をほぐし、戦う準備をしているのだ。

 二人はこの台詞はマジだと思い、戦うための姿勢を取る。



「ライジング」

 隼人はこのまま戦っても二人には勝てないと気付き、全身の強化を発動した。ライジングは高強度に全身の機能を強化する技である。

 ダッシュで二人の傍に駆け寄る。

 いきなり現れたことに二人は驚く。



 そんな二人に対して、両腕で二人にラリアットをする。

 咄嗟のことに対応できず、二人は防御することができなかった。

 大きく吹き飛ばされて、後ろにあった林の木に身体を打ち付けてしまう。

 隼人は更に追い打ちをかける。正樹のボディに強烈な一撃を叩き込む。


「なんて重い一撃だ。身体強化の能力でもここまで強化される例は初めてだ」

「やられっぱなわけにはいかへんわ」

 高遠は指先から細い熱線を射出する。

 隼人はそれに気付き、瞬時に回避する。それと同時に下から懐に潜り込み金的に正拳を喰らわせる。

「おごぉっ」

 と思わず、変な声をあげて高遠は呻いた。



 正樹も自分の睾丸が萎縮していくような心地を覚える。 

「これなら二人共ぶっ飛ばせそうだな」

 隼人は二人の実力が想定より低いことに安堵している様子だった。

「お前……お前の実力がいくら強くてもな。オークショニアに勝てるわけないやろ。馬鹿か」



「お前が決めることじゃねぇ。俺が勝つって決めたから勝つんだよ」

「そう強がるなや。わいと組んだら間違いなくお前の人生はよくなるんやから。それに小娘の命を一つくれてやるだけやで。大した事やあらへんがな」

「なぁ正樹。俺はこいつに腹立ってるぜ」

 隼人は高遠の発言で内臓のことを思い出し、気分を害した。

「こいつは君の憎む内臓と同じ考えなのさ。人一人の命を軽く見ている」

「俺はそういう奴が大嫌いなんだ。正樹、お前の味方になってやるよ」

「高遠。二対一で僕らの逆転勝ちだ」



「勝ったと思うなよ。わいはオークショニアのセラーや。これがなにを意味するかって? わいはオークショニストに次ぐ力を持ってるってことや。これの意味、分かるか?」



「内臓より弱いってことは分かるぜ」

「わいは日本トップクラスの暴力を持っとるってことや。お前なんぞあっという間にぶっ殺せるくらいのな」

 高遠の両手の掌が赤く灯った。その掌が正樹と隼人の所へと向けられる。 

「オラァ」

 高遠はヒトの顔程度の大きさの火球を大量に放った。



 正樹と隼人はそれを躱すために動き始める。しかし隼人の体に異変が起こっていた。筋肉の疲労による痛みが起こり、動きを鈍らせたのだ。

 正樹は隼人の動きが鈍くなっているのに気付き、彼の体を氷のワイヤーで引っ張った。

 正樹の行動のお陰で致命傷を食らわなかった隼人は複雑な気持ちになった。

「悪い正樹」

「それよりまだ動けるかい?」



「ここで動かなきゃ全滅だろ。無茶してでもやるに決まってるだろ」

「高遠は今かなり警戒してる。僕も援護するよ」

 と言ってデッサン人形のような氷の彫刻を大量に作り、高遠を包囲した。



 それを見た高遠はデッサン人形に向けて火球を放つ。

 高遠が混乱していると見た隼人は

「俺が先に行くぜ。お前は後で続いてくれ」

 と正樹に言って高遠の所へ一直線に走り出す。



「茂みに隠れてたと思ったらこんな所にいやがったんか?」

「逃げるとでも思ってたか?」

「逃げ遅れて介護してもらってるくらいやかならな」

「ハリウッドものの演技だろ。あれ、実は弱った振りなんだぜ」



 隼人は高遠の攻撃を切り抜けつつ、懐に潜り込む。

 高速でフェイントを交えて、顔を思い切り叩いた。

 高遠は後ろに倒れ込みそうになったが踏ん張った。

 こらえる高遠に金的をちらつかせ、顔面への警戒が薄くなったところでもう一度顔面を叩く。



 接近戦は分が悪いと思った高遠は距離を取ろうとする。

 それを正樹は見越していたようで、後ろから簡易な氷の彫像を動かす。

 それに触れた高遠は一瞬凍った。すぐに自身の炎で氷を溶かしたが、その隙を隼人に突かれる。ボディの痛打を食らった高遠はくの字に折れ曲がり、胃液を吐く。



「ふっ、二人して舐めやがって。でもこうしたらどうするねん」

 と言い、高遠は自ら全身を包み込むように発火する。

「こいつ。自分で自分の体を燃やしやがった」

「厄介なことになったね。すごい熱量だ。僕の氷の彫像があっという間に溶けていく」



「こいつはぶん殴れねぇ。どうすりゃいい?」

 隼人も何も手出し出来ずにいた。

「どうや」

 高遠はしてやったりという顔をした。しかし内心は正反対であった。対策には成功しているけどこっちのリスクも大きい。

 リスクとは能力者が能力を使用した後に受ける副作用である。その副作用の強度は能力使用強度×能力使用時間の長さの式で成り立つ。それに加えて彼はその他のリスク要因を作り上げている。自身の体温を自身の身体を燃やすという形で高めているのだ。



 高遠の能力のリスクは異常な体温上昇とそれによって出る肉体の諸症状である。

 その一方で正樹は連戦と強度の高い使用により、リスクの強度が高まりつつある。正樹だけではなく、隼人もかなり高強度な能力使用と負傷によりリスク誘因率をかなり高めている。

 三者三様にリスク発症寸前の状態になっており、この均衡は奇跡と言ってもよい。



「オラオラ。ビビってんかいな。燃やされるのがそんなに怖いんかい?」

 挑発するように腕を振るう。

 隼人はイラッとするが迂闊に殴れば大火傷する。防御に徹しようと考えた。



 正樹も隼人の動きに気付いた。なるべくリスクを誘引するようなことをせずに高遠のリスクが許容範囲を超えるまで待つと。二対一で勝機は十分あると感じていた。

「持久走して勝つってのは味気ないと思わないか」

 と隼人が言い出したのである。



 それを聞いた正樹は思わず目を見開いた。

「嬉しい誤算や」

 高遠は隼人が理屈で動かない馬鹿であることに気付いた。

「嬉しいだと? 完膚なきまで叩きのめされることを望んでるなんでとんだマゾ野郎だ」

 と隼人もニヤリと笑った。



「まさかそのままぶん殴る気」

「俺の手を凍らせろ。そして思い切りぶん殴る」

「受けてやるわ。まぁ溶かされるのがオチやと思うけどな」

 高遠は受けて立つと言わんばかりに仁王立ちした。そして心の中でほくそ笑む。この展開は百パーのわいの勝ちやと。

「なら受け止めろよ」

 隼人が全身の力を込めて渾身の一撃を放った。



 高遠はそれを見て、冷や汗がかく思いだった。自分の高温の炎でパンチが肉体に到達する前に溶けるという確信があったとしてもである。 

 彼はパンチを受けた瞬間、靴底に小さな爆発を起こした。隼人の拳に自身の身体から放射している熱を伝えつつ、自分はパンチを食らうリスクを減らす。



「なにっ」

 驚いた隼人であったが、瞬時に拳は奴には届かないということを見抜いて手を引っ込めた。

 高遠は驚いている隼人に掌を向けて火炎球を射出する。

 隼人は半身を斜めにしてそれを避ける。

 お互いに決定的な一打を逃したという形になった。



「高遠。あんたは絶対に逃がさない」

 二人が固まる中動き出したのは、正樹であった。彼は氷の彫像を生成する分の冷気を自分にまとい、高遠に抱き着く。

「隼人君。長く持たない」



「おう」

 隼人は正樹の行動によって正気を見出した。

「ライジングストレート」

 もう一度渾身のストレートを叩きつける。

 衝撃を逃がすこともできずに、直で攻撃を受けた高遠は膝から崩れ落ちた。それと同時に リスクが発症し、能力を持続させることが困難になった。



「あっ、あづぅ。まさかこの俺がオークショニスト以外に負けるとは思わなかった。はぁ……くそがっ」

「涼に手を出すなよ。それと隼人君にオークショニアの内臓の情報を教えてやれ。そうしたら見逃してやる」

 と正樹は高遠に条件を提示する。



「もちろん約束するで。手を出さん」

 と高遠は即答する。

「じゃあ次は俺の番だ。内臓の情報を吐け」

 と隼人が言う。



「わいは内臓様直々のセラーやが実は一度も会ったことがないねん。あの人は徹底した秘密主義者やからな」

「それで見逃すと思うか?」

 隼人は倒れこんでいる高遠に止めの一撃を叩きつけるために拳を構える。



「わっ、わかった。もうちょっと話す」

「なら早く話せ」

 と正樹がキレる。

「オークショニアの幹部であるオークショニストは一人やないねん。だから他のオークショニストの伝手から内臓様の情報を辿っていけばええ……」



「他の奴とどうやって会うんだよ。皆内臓みてぇな秘密主義者なんだろ? あん?」

「たっ、確かにオークショニストは直属のセラー、セラーの手下であるサプライヤーにしか会わんようにしとる。でも一人だけオークショニアと別の仕事を掛け持ちしてる人がいるねん。そいつはオークショニア直下の女性斡旋組織のヴァージニアのオーナーの汗水九や」



「汗水? どうやって会える?」

「オークショニア直下の組織ヴァージニアの女性斡旋オークションで会えばいい。あいつは女を仕入れる時、必ず売りに出される女と接触する。事前にターゲットになる女を見つけてそこで会えばええねん」



「ターゲットは誰だ? 吐かなきゃ殺す」

「そっ、そんなの知らん」

「知ってる奴は?」



「隼人君。隆二さんがよくしている情報屋から話を貰おう。これ以上聞いても彼はなにも答えないと思うよ」

「それなら見逃してやる。なんなら下まで降ろしてやってもいい」

「ヤクザが喧嘩に負けた相手に施してもらうなんて恥知らずができるかいな」

「なら勝手に野垂れ死んでくれ」

 と言って隼人は高遠から視線をそらした。



「危ないっ」

 と言って正樹は隼人の背中を庇った。結果、正樹は高遠の放った熱線に心臓を貫かれた。

「高遠てめぇ」

 隼人はライジングを発動させようとしたが、リスクによる尋常じゃない筋肉痛ですぐに対応できなかった。

「次は必ず泰山美香を奪う。覚悟せい」

 立ち上がり、捨て台詞を吐きながらとぼとぼと引き返していった。

「クソが」

「隼人君」

「今病院に連れてってやる」



「無理だってことはわかってる。だから君に一つだけ頼みたいことがある」

「頼み?」

「妹の……涼のことを頼む」

「俺に頼むな。いつ死ぬかもわかんねぇんだぞ」

「僕の人望のなさだね。君より強い人を知らない」

「てめぇでなんとか」

 隼人が言いかけたところで正樹の息が途絶えた。



 彼が無言で遺体を見つめていると、正樹のスマートフォンが鳴っていた。胸ポケットからそれを取り出すと、

「お前は誰だ?」

 と隼人が言う。

「あなたは?」



「正樹の同僚だ」

「なんであなたが電話に?」

「あいつが死んだからさ」

「詳しいことは泰山組の事務所で説明してやる」

 と言って隼人は通話を切った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る