第2話 対立

「可愛い可愛い美香ちゃん。ハゲ親父に命令されて迎えに来ましたよぉ~」

 隼人は美香の通う学校の前で大声を出して彼女の名前を呼ぶ。

 美香はそれが恥ずかしくなり、顔を真っ赤にして校門にいる隼人の所へと駆け寄った。



「放課後までずっと待っていたんだぜ。お疲れさまって言って俺のことを褒めてくれよ」

「ボディガードだからそんなの当たり前」

「ロリコンの不審者とか痴漢犯罪者とかの扱いをされながらも高校の前で待機する俺の立場にもなってくれよ。まぁ生女子高生ウォッチングができたから楽しかったけど」



「捕まればいいのに」

 美香は隼人の発言に呆れていた。

「俺が捕まったらあっという間に俺より怖い奴に捕まえられてジ・エンドだぜ」

「前には犯罪者、後ろには変態か」



「俺みたいなイケメンボディーガードと一緒にいられることに上も下も涙を流すべき、だと思うんだけどな」

「きしょ。去勢した方がいいんじゃない?」

「悪辣!」

 と隼人は肩を落としていた。




「あっ。隼人よりまともでイケメンな正樹さんから電話だ」

「おい。余計な修飾語で俺の心を傷つけるんじゃねぇ」

 と隼人が突っ込みを入れるが、美香はそれを無視して正樹の電話に出る。

「どうしたんですか正樹さん」

「分かりました。雷神に代わりますね」

 と言って美香は隼人に電話を渡してくる。



「いやぁ隼人君。お嬢の護衛お疲れ様」

「生意気過ぎる馬鹿女はあんたのことを大層気に入っているらしい。仕事を変えてくれねぇか」

「君が隆二さんから直々に頼まれたことなんでしょ。それならきちんとやらなきゃ」

 と正樹が正論を言って隼人を諫める。



 隼人は舌打ちした後、

「で。そんな忙しい俺に電話してきたんだから大層な理由があるんだろうな」

「美香ちゃんを事務所に送り届けた後に僕と一緒に来てよ」

「美香ちゃんとのデートの予定があるからキャンセルで」

「そんな嘘つかない方がいいよ。ともかく重要なことなんだ。頼むよ」

「重要ねぇ。そりゃデートの一つや二つすっぽかさなきゃいけないわな」

 と答えた。



「それなら頼んだよ」

 と正樹は言って通話を終えた。

 隼人が美香を送り届けた後、事務所のカウンター辺りに立っていた正樹と合流した。

「やぁ」

 気さくに挨拶した。

 二人は重要な話をするために事務所を出て外を歩き始めた。



「さっさと本題に入ろうぜ」

「率直に言うよ。美香ちゃんの誘拐を手伝ってくれないか?」

「俺が美香ちゃんの護衛ってことを知って言っているのか?」

「ああ。君が協力してくれるなら内臓の関係者と接触することができるように便宜をはかるよ」

「そりゃ魅力的な提案だな」




「僕も悪くない話だと思ってる。どうかな」

「でもよ。お前の言うことは聞きたくねぇな」

 と言われて正樹は首を傾げる。。



「美香ちゃんをオークショニアになんかやるかよ」

 と啖呵を切った。

 それに加えてイケメンの口車に乗るのが癪だったという個人的な理由もあったりする。




「そうか。それならここから数キロ先にある亜白山でケリを付けないか? 能力者同士が事を構えるのに都合がいいんだ」

「遺言を残したい奴はいるか?」

「いないよ。まだ死ぬつもりはないからね」

「奇遇だな。俺も死ぬ気はないんだ」

 二十分後。

 亜白山の開けた所に着いた二人はそれぞれ、構えを取った。



「先手必勝で行くよ」

 と言うと正樹は服の裏に隠していた拳銃を取り出して素早く撃ち出す。

 臨戦態勢に入っていた隼人は咄嗟に回避したため、尻もちをついてしまった。

「ちっ」

 対応に遅れた隼人は腹を立てながらも、素早く立ち上がる。

 しかしそれと同時に正樹はなにかに引っ張られるような動きでその場を素早く離れていた。



「ムーンウォークもどきかよ」

 隼人は正樹の姿勢に突っ込みを入れていた。そんな彼と入れ替わるように女性の氷の彫像が隼人の下へと近づいてくる。

「おいおい。氷でダッチワ〇フ作るなんて変態な能力じゃねぇかよ」

 隼人は接近する彫像に素早く近づき、拳で思い切り叩きつける。

 その瞬間、彼の拳から凍結が始まる。



 このままだと全身が凍ると感じた隼人は反射的にその場を離れた。

 隼人の能力である身体活性を応用して手の血流を良くして手の感覚を元通りにした。

「冷凍ダッチワ〇フと氷漬けがあいつの能力か」

 隼人は能力の概要を理解した。



 それと同時に不可解なことがあった。正樹の不自然な動きだ。

 隼人は正樹のいた辺りを調べてみたが、能力で凍らせて滑っていったような痕跡は見られなかった。それになにか特別な道具のようなものも使われたわけではない。

 動きのトリックが見えてこないため、どう攻めるのが適切か判断しかねていたのだ。

 考えあぐねている時、茂みから虎の彫像が飛び出してくる。

「ちっ。女の彫像以外も作れるのか」

 隼人は氷漬けにされるというさっきの轍を踏まないために木に素早く登った。

 しかし虎の彫像もこの動きに対応するような動きを見せた。口からワイヤー状の氷を射出したのだ。



 隼人はそれを身体にくっつかないように躱した。その後、氷のワイヤーの先を見た。ワイヤーは木を貫いて、斜め奥の木に刺さっている。

 これを見て彼は察した。あのワイヤーを巻き取る装置がある。あいつは氷の機械仕掛け装置を作り、氷の彫像がさも自立して動いているように錯覚させたのだと。




 原理が分かれば簡単だと思った隼人は、木の下に素早く降りた。木を引っこ抜き、それで虎の彫像を叩きつけて破壊する。

「原理は分かったぜ。後はお前を追い詰めてぶっ飛ばすだけだぜ」




 正樹は亜白山のあちこちに仕掛けたカメラで隼人の動きを追いつつ、思考を巡らせていた。

 僕と涼の関係を知っているのは高遠だけだ。

「奴と隼人君を同士討ちさせて高遠を倒してしまえばおしまいだ」



 そのためには隼人君を最低限の戦力で高遠の所まで誘導する。その一方で高遠はその場にとどまるように自分の偽物を置き、追跡させるようにする。

「まずは高遠の方をやるか」

 正樹は自分の作戦を実行するために高遠に電話する。

「高遠さん。泰山美香の誘拐に成功しました。今、この山の中にある廃墟に監禁しているので引き取りに来てください」

 と言って引き取るように言うのであった。




「仕事が早いやないか。泰山組を抜けてもセリストになるように推薦しておいてやろうやないかい」

 高遠は

 この亜白山には金持ちの別荘があった。しかし持ち主はこの別荘で殺されてしまい、死んでしまう。正樹はこのことの細かい経緯までは分からなかったが、これを利用しない手はない。

 正樹の現在地は不幸な金持ちの別荘から数百メートル離れた所にある林である。




 偽物の正樹を遠隔操作した。発声は喉元に仕込んだスピーカーを利用する。

 目に仕込んだカメラで高遠のことを視認した。

「よくやってくれたで」

 と高遠はにっと笑う。

「泰山美香はこの廃墟の地下室にいる」

 偽物の正樹は高遠を案内し始める。廃墟の中は下見しておいたので構造は覚えている。それに従って自然に動くように仕掛けを動かせばいい。この時ばかりは、正樹も非常に緊張していた。ここでミスすれば作戦は台無しになるからだ。



 エントランスには赤い絨毯が敷かれていて、奥には大きな螺旋階段が二つあり、それは二階へと繋がっていた。

「この廃墟を捨てた奴はとんだ馬鹿やで」

「この館の主はここで静養している時に殺されてしまったらしい」

「ふぅん。まぁ年季は随分経っとるな」

 と高遠は辺りを見回す。



「それよりも涼の件は約束していただけるでしょうね」

「もちろんや。わいは不死の臓器が手に入ればどうでもええねん。これが成功したらオークショニストや」

「オークショニストか」

 と答えた。正樹には心底関心のないことであったからだ。

 日本一の暴力団である大海組直属の臓器売買組織であるオークショニアの中で最も希少な役割であるオークショニストになるということは日本の裏の中でトップクラスの暴力と名誉を得たことを証明することになる。



「せや。極道に入った者は皆あこがれるんや」

「サプライヤーからセラーになって苦節三年。ようやくわいにもチャンスが巡ってきた。いい気分や。本当に」

 正樹と高遠の雑談が盛り上がってきた時、目的地である地下室へと着いた。



「おう。ご苦労やな。泰山美香はわいが引き取るで」

 と言って高遠が美香に触れた時、彼の身体は突然凍り始める。

「なんちゅうことや。わい相手に偽物掴ませるなんて良い度胸しとるやないか」

 炎を纏った拳で正樹を思い切り殴った。しかしその正樹も瞬時に溶けてしまう。



「ちっ。そっちも偽物かい。本物見つけ出して死んだ方がマシだと思わせたるからな」

 高遠は怒りに燃えていた。

 彼はこの廃墟から飛び出すように外に出た。

 その瞬間を廃墟の入口付近に仕掛けていたカメラで捉えていた。それと同時に正樹は仕掛けていた細工を発動させる。



 最初に起動したのは直径十センチ程度の岩石を始点から向こうにかけて氷のワイヤーで素早く巻き取ることで射出する罠だ。高遠は火柱を発生させて岩石を破壊する。飛んできた破片は屈んで躱す。



 更に木の上から何百個もの風船が飛んでいく。それが高遠の頭上へと飛んできた瞬間、破裂する。身体に液体が降りかかる。



「くせっ。変な臭いがするやんけ。これ、もしかしてガソリンか」

 高遠は正樹が自身の能力による自爆を誘発することを企んでいることに気付いた。それと同時に掌と同等の大きさの氷が飛んでくる。



 大量に飛んでくるため走ったり跳んだりして避けることに限界がくる。彼は何度も氷を身体に打ち付けられて腹を立てる。

「ちっ。どっちにしても体力削られるだけやんけ」

 と思った彼は掌から火球を射出する。自爆を覚悟し正樹の仕掛けた仕掛けを全て破壊しようと企んだのだ。



 そしてその企みは思ったより少ない代償で成功する。彼の肉体が炎を出す能力に対して耐性を持っていたことが幸いした。燃えづらく、火傷しづらい身体は通常ならば深度三以上の大火傷をするほどの大爆発ですらほぼ無傷となる。



「正樹。お前の不幸はわいが炎の能力者やったことや」

 とけたたましい笑い声をあげた。








 隼人は正樹を追跡している途中、数百メートル先で大火事が発生しているのを目撃した。最初はガキのいたずらかと思っていた。いや、最悪のことを考えるなら正樹の他に能力者がいる。しかも炎を扱う広範囲攻撃の使い手だと推測していた。彼の推理は当たっている。



 この火事が能力によるものと判断するには判断材料が少ないと思った彼は推理する材料を得るために自分の能力を使用する。

 彼の能力は身体能力強化である。筋肉量や骨密度などの大幅な身体能力強化のみならず、聴覚や嗅覚といった感覚器官の反応も強化することが可能であった。

 彼は感覚器官を強化して、周囲の状況を細かく調べていった。



 まずは視覚だ。

 大金持ちの別荘のような所から火災が発生しているのが見えた。そこには大笑いしている赤髪の男がいた。火事の発生した状況までは探れないがあの男が関わっていることは間違いないだろう。

 次に考えるべきことは正樹がこの火事に巻き込まれたかである。



 それは正直言って分からない。

 次にやるべきことは聴覚の強化である。

 動物たちの鳴き声や、炎のパキパキと燃える音が大きく聞こえてくる。それだけでは正樹のことを探れないので、地面に耳を当てて探ってみることにする。

 すると、数百メートル先の地面から人の呼吸音がわずかに聞こえてきた。



 それで隼人は理解した。

「正樹は地下にシェルターかなにかを作って引きこもっている」

 と。






 高遠は正樹をあぶり出すために辺り一帯を焼き払っていた。しかし中々成果を得ることができずに腹を立てていた。

「ちっ。正樹の奴、この山の中にいないんちゃうやろうな」

 と思わず愚痴をこぼす。



「いや。それはないと思うぜ」

 高遠と同じ場所に辿り着いた隼人が言う。

「なんやお前は」

「俺は雷神隼人だ。赤髪放火野郎。てめぇは」

「わいは高遠遼一や。変なあだ名付けんなや」



「てめぇはあの銀髪さわやかイケメンを探してやがるのか?」

「そうや。借りを返すためにな」

 と隼人に対して高遠は答える。

「なら本人呼び出してけりを付けようぜ」

 隼人は全身を強化して地面にパンチする。

 すると地震が発生したかのような揺れが発生し、地面にヒビが入った。両手で更にヒビを広げていくと、氷でできた構造物が発見された。



「ここはわいの出番やな」

 と言って高遠が氷の構造物の露出した部分を炎で溶かした。

 そこから正樹が這い出てきて、

「元気そうだね隼人君。高遠」

 と笑った。

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