High Crime
マイケル・フランクリン
第一巻 不死の臓器
第1話 不死の臓器
会場は狂気的な熱狂を孕む。金持ち百人がまだかまだかとワクワクしながら席に着いている。
彼らは舞台を見守る。臓器売買オークションの始まりを待ちわびているのだ。
ゲームやアニメの人物のような超常的な能力を持つ人間が現れてから早三十年。
臓器移植を行えばその能力を獲得できるということが裏社会では常識となった
時代だ。
彼らの欲望を満たすためのオークショニストが現れる。
ちゃぽんっ。ちゃぽんっ。
水音が聞こえる。ドスンドスンという重々しい足音が聞こえる。腐ったような匂いがする。
参加者は更に熱狂していく。オークショニアのオークション開催が間近だからだ。
「皆様。遠路はるばるこんな辺境までご足労をおかけいたしました。この内臓めが皆様の期待に報いることを約束しましょう」
舞台に現れたのはガイ・フォークス・マスクに黒いマントを付けた男だ。背中が異常にねじ曲がっている上に、腐臭がする。
「くせぇ」
と一言呟くように言ったのは移植する臓器目当ての参加者ではない。内臓と呼ばれる男を睨みつける男だ。彼はボサボサの髪と猛禽類のような鋭い目と、
細身で均整の取れた身体が特徴的だ。
「君は見ないようだが、これから楽しいオークションが始まるんだ。邪魔しないでくれ」
と彼の隣にいる恰幅の良い男が言った。
「うるせぇまんじゅう野郎。ぶち殺すぞ」
腹を立てた男は恰幅の良い男に罵声を浴びせた。
「しっ、失礼だな」
「うぜぇ。出て行けよ」
「ぐっ……」
男の圧力に怯んで会場を出ていった。
人混みをかき分ける丸いシルエットを視界の端で一瞬見た後、舞台にいる男に視線を変えた。
内臓め。貴様が麗羅にしたことを覚えているぞ。俺は貴様を殺すためだけに今日まで生きてきたんだ。
手の感触を確認するように拳を握りしめた。手に痺れもなく、無駄な力みもない。肩にも、足にも、どこにもだ。殺す準備はできた。
「待ちな」
飛び出そうとしている男に禿頭の男が声を掛ける。
「てめぇは」
声を潜めて禿頭の男に問う。
「俺は泰山隆二。泰山組というヤクザの組長だ。雷神隼人、お前の噂は聞いている」
「世間話をするつもりはないぜ」
「俺は警告しに来たんだ」
「警告?」
雷神隼人と呼ばれた男は首を傾げる。
「犬死するだけだ」
「うるせぇ。俺は今日、ここでケリを付けるんだ」
「目的は同じだ。協力しないか」
「協力?」
「あまり長居したくない。ここを出よう」
「俺が言うことを聞くとでも」
「俺が大声を出せばお前の計画は失敗に終わる」
隼人は隆二の言葉を面白くないと思い、舌打ちする。
外に出た二人は駅近くの喫茶店で話をすることにした。
「おい。ハゲ親父が好きだなんて勘違いされたら往来を歩けねぇぞ」
「みんながみんな、恋愛体質じゃねぇよ」
と隆二は隼人を安心させようとする。
しかし喫茶店の客は二人に注目してしまっている。
「やっぱり勘違いされてるじゃねぇか」
「いや違う。絶対にそんなことはない」
「てめぇら。こっち見るな。ぶち殺すぞ」
と脅迫して客にこちらを見させないようにした。
「はぁ。もうちょっと方法っていうのがあるはず……なんだが」
「さっさと本題に入ろうぜ」
「そうだな。さっきも言ったが俺達の利害は同じだ」
「内臓を倒すことか」
と言うと隆二は頷く。
「そうだ。オークショニアは大規模な組織だが、その中でも内臓はとびきり危険なんだ。あいつは金儲けのためではなく、自分の願いを叶えるために動いているんだ」
「願いだと?」
隼人は聞いたことがなかったので疑問を口にする。
「あいつは美しい処女の体のパーツを集めることで理想の
作り上げようとしている。妄想症に憑りつかれているのさ」
「オナ〇ーのために殺しまくってるってことかよ」
「その数はおよそ四百。正気の沙汰じゃない」
「女の子がこんな酷い目に遭うのが許せないっていう正義漢ぶったロリコンか?」
「なわけねぇだろ。しれっと属性を追加するんじゃねぇ」
「それじゃどういう理由があるんだ?」
と隼人が問うと、隆二はそれに頷く。
「あいつは質の悪いことに俺の娘も狙ってるんだよ」
「まさかあれか? 俺の娘は可愛いから殺されるかも~。隼人君助けて~って奴か」
「違う。狙われるにはちゃんとした理由がある」
と隆二は茶化す隼人に強く言い返す。
「どういう理由だよ」
「不死の臓器だ」
「不死の臓器ってオークショニアが唯一S格付けしてるっていうあの? 都市伝説かと思っていたぜ」
と隼人は隆二の言葉に驚嘆している。
オークショニアは確認できるスキルにランクを定めている。通常の最高格付けはAAA格付けだ。そして今話したSはこれの一つ上に属する。
「既存の格付けルールでは格付けすることができないほど有用かつ希少なスキルにランク付けされる。不死身ってのはそれほどのものなのさ」
「希少な臓器を売って大儲け、か」
「そんな可愛いもんじゃないさ。さっきも言ったろ。あいつは
「話が見えてこねぇな」
「あいつは集めたパーツを使って一人の少女を完成させようとしている。そのために不死の臓器を使おうとしてるってことさ」
「まさか不死の臓器を移植したら人間が生き返ると思ってるってことか」
隆二はこくりと頷く。
「そうだ。あいつは腹の空いた動物みたいにうちの娘をつけ狙ってくるってことだ」
「あそこで暴れるよりマシな方法を考えられるってことか」
「そういうことだ。だからお前にはうちの娘の護衛をして欲しい」
「仕方ねぇ。邪魔したからぶち殺してやろうと思ったがナイスアイディアに免じて許してやるよ」
「基本上から目線なの。なんなのマジで」
隆二は隼人の言動に呆れている様子だった。
二人は隆二の住んでいる泰山組事務所に移動した。
泰山組の事務所は年季の入っている建物だ。外装はペンキが所々剥がれている上に薄汚れている。扉の建付けも悪い。隆二は手慣れた風に扉を開けて、隼人のことを
招き入れる。
玄関は非常に簡素なもので、靴を置いて小高くなっているところに上がればもう事務所の中だ。この時点で大体全体を見回せる。事務所は一間で、他は最奥に裏口側に繋がるドアがあるくらいだ。入口の手前には人の胸くらいの高さのカウンター、
真ん中側にはオフィス机が複数あるといった寂しいものであった。唯一目を引くのは左側に置かれた日本刀である。
「おお~、すげぇ。これ日本刀か? 触ってもいいか?」
「触るな」
「おいおい。そんなケチなこと言うなよ」
「触るって言うんならこの契約は解消する」
隆二は顔を赤くして、日本刀を触ろうとする隼人を怒鳴る。
「男心をくすぐるものをそんな所に置いてるんじゃねぇよ。頭皮剃って毛根死滅させるぞ」
「本当に言葉遣いのなっていねぇガキだな」
隆二はこれからこの男と組むことになるのかと、嘆息している様子だった。
二人はいがみ合っている。裏口側のドアが開くと二人はいがみ合うことをやめて、
それに注目した。そこには気怠そうにしている少女がいた。
「お父さん。すごいうるさいんだけど。なんなの」
と開口一番、隆二に抗議した。
黒髪ストレートに長いまつげ、切れ長の目、スレンダーな体つきの美少女だ。
「お前の用心棒になった馬鹿ガキを躾けてたところだ。お前は話が終わるまで上にいろ」
「お父さんに私の行動を指図する権利はないんだけど。大海組と結んでた非干渉契約が破棄されたことが原因なんだよ。つまりお父さんの頑張りが足りないってこと」
「そうだそうだ。ハゲ親父が頑張れば美香ちゃんは可哀想な思いをせずに済んだんだぞ。ブーブー」
隼人は登場した少女に加勢する。
「ていうかあんたは誰ですか?」
「ああ。俺は雷神隼人って言うんだ。よろしく」
「中二くせぇ名前」
「うんだとこら。てめぇは人を馬鹿にすることしかできないのか。バカ女が」
と隼人は腹を立てる。
「馬鹿女? なんなのあんたは」
「ちっ。おいハゲ親父。この馬鹿女不死身なんだろ。ぶん殴ってもいいよな」
「いいわけねぇだろ。なんでてめぇは殴る殴らないから話をするんだよ」
「あんたの躾が失敗してるからだろうが。ふざけんなボケ」
隼人は腹を立てて隆二を思い切り殴りつける。それに腹を立てた隆二も隼人を殴り返す。二人の本格的な喧嘩が始まったのだった。
「ねぇ正樹さん。こいつらどうにかして」
事務所に帰ってきた泰山組の組員と思われる男に美香は助けを求めている。
男は二人の間に割って入った。
「まぁまぁ。二人共落ち着いてくださいよ」
と言って隼人と隆二を宥めた。
隼人はこの男はかなりのやり手だと感じ取り、警戒して距離を取った。
「てめぇは? ハゲ親父。こいつはあんたの舎弟かなんかか?」
「ああ。数か月前に拾ってきたばっかだ。まぁお前の先輩だよ」
「たかが数か月じゃねぇか」
「うん。だからそんな先輩とか目上の人みたいに思わないで欲しいな」
「ふぅん。で、あんたの名前は?」
「僕の名前は安田正樹です。よろしく」
「俺は雷神隼人だ。で、そこの反抗期女は?」
「泰山美香」
とぶっきらぼうに答えた。
「正樹。頼んだぜ。クラクラしてきたわ。俺」
と言って隆二は自分のオフィスチェアに腰掛けてふて寝した。
「隆二さん。用事があるんで外出てもいいですか?」
「おう。あまり遅くなるなよ」
「ありがとうございます」
正樹は深く礼をして事務所を出ていった。
「あいつ。エロい店にでも行くのか?」
「正樹さんはそんな下らないことしない」
「あのイケメン君は大層評価してるじゃねぇ。美香ちゃん」
隼人は美香を冷やかした。
泰山組の舎弟である安田正樹の人生は悲惨で数奇である。両親の不仲のせいで物心つく前に妹と生き別れになってしまった。しかし彼は先日、再婚した母親の旦那方に
苗字を変えていた実の妹である城山涼を見つける。
身分を偽って接していたが、彼は本気で恋をするのだった。
正樹は喫茶店でいつものように涼と近況のことや世間話をしていた。
「そうなんだ。僕の職場でね。ちょっとした問題児が入ってきてね。これからどうしようかなって思っている所なんだ」
「正樹はずっと大変そうね。前は社長の家族関係のトラブルに巻き込まれたりしてたし」
「そうだね。僕はとんでもない会社に入ったかもしれないって思ってる。でも、まぁ特に不満はないよ」
「そう。それは良かった」
涼はシルバーの髪をかきあげ、柔和な笑みを浮かべた。
「涼の方はどうなんだい?」
「つまんないくらいいつも通りだよ」
「それならよかった」
「ねぇそんなことより。今度いつ空いてる?」
「どうしたの?」
「デートしたい」
「いいよ。今すぐには答えられないけど絶対にどこか空ける。決まったら連絡する」
「うん。待ってるから。行きたい場所いっぱいあるからConeに送っておくね」
「分かったよ」
「もうそろそろお家に帰らなきゃいけないから。じゃあね」
と言って涼は席を立った。
涼が店を出るのを見届けた後、自分も帰ろうと思い席を立とうとする。
「待ちなさい正樹」
と言って一人の中年女性が引き留める。
「なんです。母さん」
「なんです? じゃないわよ。あなた、涼と会ってなに考えてるつもり?」
「いや。僕はなにも考えていませんよ」
「そう。だとしても今後うちの娘と会うのは止めてくれる」
「なんであなたにそんなことを言われなきゃいけないんです? あなたが不倫しなければ別れることもなかったのに」
「あの無能男と一生いるなんてまっぴらごめんなのよ」
「お父さんまで馬鹿にするのか? お父さんは身体を壊して死んでしまったんだぞ」
正樹は腹を立てて胸倉を掴んだ。
「そう。だから?」
「だから? 責任を感じないのか。あんたは」
「私は自分が不幸だと思うわ。あんたみたいな化け物を産んじゃったんだから」
「僕に力があるからお父さんを捨てて他の男とくっついたというのか?」
「両方よ」
「わかった。僕のことはどうでもいい。けど涼のことは絶対に責任持てよ。あいつには能力なんてないんだからな。じゃなかったら僕が貴様と馬鹿男をぶっ殺してやる。覚悟しろよ」
と正樹は凄んで脅した。
「それじゃあんたも二度と涼と会わないって約束しなさい」
と正樹に対して正樹の母も強く言い返した。
「約束するよ」
と言って正樹は涼と会わないことを了承したのだった。
「それじゃあね」
と気を良くして去っていった。
正樹は涼が幸せに生きてくれるならそれでもいいんだと思いこませ、悲しみの感情を抑え込んだ。
彼が気を病んでその場から動けずにいると、彼の席に一人の男がやってきた。
赤髪に赤スーツ、長身と派手ななりの風体である。
「よぅ。泰山組の安田正樹やな」
「あなたは誰です?」
正直に言って正樹には赤の他人と話すほどの気力はなかった。
「わいは高遠遼一。オークショニアのセラーや」
「つまりオークショリストのお手伝いってことですか」
「その手伝いの中でもわいは上の方やけどな。日本一の暴力団直轄の組織オークショニアの中で結構上の地位って言えばわいのやばさは理解できるか? 零細ヤクザさんよ」
高遠は髪をかきあげながら凄んだ。
「それ超エリートのあなたが僕に何の用です?」
と冷静に質問し返した。ネームバリューには怯まないのである。
「不死の臓器泰山美香の誘拐に協力しろ」
「なぜ?」
と正樹は冷たい声で高遠に質問した。
「お前が女としてみている実の妹の城山涼ちゃんが酷い目に遭うのは嫌やろ?」
「涼に何をする気だ?」
「まぁまぁ。そうかっかするなって。わいらに協力すれば涼ちゃんの安全は保障したる。お前さんの実力だったら難しい話ではないやろ」
と高遠は正樹を説得しようと試みる。
「あんたはこの計画を一人でやるつもりなのか?」
「そうやな。一人じゃできんから内通者が欲しいと思ったんや」
「いや。そちらの状況を知らなきゃ作戦を練ることはできないと思ってね」
「仲間を裏切るのに躊躇いがないなんて。愛っちゅうのは恐ろしいものやな」
高遠はからかうが、正樹はそれを無視した。
補足。本文で出てきたConeはラ〇ンみたいなSNSです。
もし一話を読んでみて興味が湧いたら星をいただけるとありがたいです。
それをくれると滅茶苦茶喜びます。
後なるべく毎週日曜日の十二時に投稿してきます。
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