第8話
「もう、もう信じられないわ! あなたが頑丈すぎる結界を張ってしまうせいですぐに助けにいけないし!!」
「ごめんなさい、おばあ様」
「まあまあ、いいじゃないか、アンジェリカも反省しているし。おかげでわしやアーレントのように旅に出なくても、こんなにいい番が自分から寄ってきたのじゃからな」
「えっ、それ、俺褒められてる?」
褒められていない。
番と書いてばかと読ませてませんか、おじい様?
私は、もう大丈夫というのに、自室のベッドの上に押し込められていた。
心配しすぎたデニスによって。
「しっかし、ありゃないだろ。勇者のドラゴン討伐と奴隷の話。里の連中、みんな信じてるぜ」
「ふふ、でも楽しめたでしょう?」
「そうだなっ。確かに、強え奴とやりあえたから、いいけどな。うん、黙っといた方が面白いな」
おばあ様とデニスが妙に意気投合しているのは、同じ種族のせいなのだろうか?
ちなみに、五十年前にドラゴン討伐に向かった勇者が祖父で、その時に連れ帰った花嫁――ドラゴンの里では勇者に生贄にされ行方不明になったといわれているドラゴンが祖母である。
ドラゴンの里長の親友である祖母は、溺愛され里帰りさせてもらえないのをいいことに、前述のような扱いになっているらしい。ちなみに里長はよく祖母の離宮に遊びに来ている。
いい迷惑である。
ドラゴンってみんなこんなに脳筋なのかしら?
そう考えていると、バタン、と部屋のドアが開いて茜色の髪の小柄な美女が飛び込んでくる。
「この馬鹿デニス!! 妹ちゃんに何すんのよ」
「いて、いてっ、イルセ! 俺はお前を心配してだな!!」
「もう、もう、ちょっと話せばすぐわかることなのにっ。だからドラゴンの里の連中は脳筋でついてけないのよーっ!!」
みんなこんなに脳筋みたいですね。
お義姉さまが平和主義でよかったわ。
私は、お義姉さまとデニスの親し気なやり取りを静かに見守った。
じくじくと痛む心臓をどうにかやり過ごす。
人型になり、覇気を押さえたデニスを前に、私は少し冷静になって対応できるようになっていた。
「触るな」
そこへ、お義姉さまに遅れて部屋に入って来たお兄様が、お義姉さまの腰をさらった。
「いや、違うだろ! 殴りかかってきたのはあいつの方だ」
「うるさい」
「ちぇ。……ああ、お前も、すまなかったな。ほら、イルセが奴隷にされて殺されちまうのかと思ったからさ」
お兄様の刺すような目つきに臆することもなくデニスは続ける。
「まあ、お前が強かったから、だんだん楽しくなってきちまったのも否定しないけどな! またやろうぜ――『お義兄様』」
「俺はお前の義兄じゃない。おまえは、ただの妹の奴隷だろう」
「お兄様!!」
この兄に繊細さなど期待できるわけがなかった。デリケートな部分にずかずかと土足で踏み込んでくる。
私はぎゅっと唇を引き結ぶ。
「……皆様、私とデニス、二人だけにしてくださる?」
皆、心配そうにこちらを見ながらも、何も言わずに部屋を出て行ってくれた。
部屋には、デニスと私だけが残る。
私は、そっと息をつくとデニスの方に向き直った。
これから、私達は、大事なことを話さなければならない。
私は自分のしでかしたことの責任を取らなければ。
「ねえ、逆鱗を与えてしまったドラゴンは、どうなるのかしら?」
「ああ? どうって、飲ませた相手に逆らえないし、相手が死んだら死ぬ」
「死ぬ?」
「あ、人間の寿命に合わせて、俺が早死にするって意味じゃないぜ。お前と寿命を分け合って、お前がそれなりに長生きになるって意味だ。あー、人間ってそう言うの気にすんだっけ? まあ、いいだろ。あのままじゃお前、死んじまってたしな」
「それは、デニスの寿命が削られるという意味ですの?」
「まあ、そうなるな」
私はさらりと言われたその事実に、蒼白になる。
隷属だけならば、最悪、私にその意思がなければ、どうにかなると思っていた。
でも、寿命に関してはどうするればよいのだろう。彼の命を奪うような、こんな最悪な契約で縛りつけてしまったなんて。
「……デニスは、お義姉さまを連れ戻しに来たんでしょう?」
「ああ、まあ、そうだな」
「それなのに……ごめんなさい」
大切なお義姉さまを取り戻しに来たデニスに、こんな命を削る決断をさせてしまった自分の馬鹿さ加減に腹が立って仕方がない。
私の行いは、自分の命を盾に彼を脅迫してしまったようなものだったのだ。
そして、彼は、死にかけた人間を見殺しにするという選択ができなかった。
俯くと握り締めた手の甲に涙がぽたぽたと垂れた。
少し冷静になった今ならわかる。
彼に対し番の執着を持っているのは私だけだ。
欲しくて欲しくてたまらなかったからと言って、それは、手に入れていいものではないのだ。手に入るものでもないのだ。
それも力任せに叩き伏せるなんて方法で。
お兄様の言葉に踊らされて我を忘れた自分が信じられない。
「お、おい、何で泣くんだ!?」
「ごめ……なさ……。あな……にあんな選択……させて……しまって……」
「あんな選択?」
「あな……の命を、わた……ために……削って……」
「逆鱗をの飲ませたこと言ってんのか? 当然だろ。俺は、惚れた女をむざむざ死なせるような甲斐性なしじゃねえからな」
「え?」
彼の言葉に私は思わず顔を上げた。
言われた意味が分からなかった。
いや、信じられなかった。
なあ、泣くなよ、といいながら必死に私の頭をなで始める彼の顔を見上げる。
都合よく解釈をしてしまいそうになる自分の心があさましくて嫌になる。
「デ……スが惚れている……は、イルセお義姉さま、で……しょう?」
「そこからかよっ、ひょっとして通じてないのか!?」
デニスは、頭を抱え込んでしまった。
番を前にして馬鹿になってしまった私の頭は、考えてもろくな結果に結びつきそうにない。私は、ただ、デニスが与えてくれる答えをじっと待った。
デニスは、意を決したように、顔を上げると、私の肩に手を置いて、真剣に向き合う。
「俺はお前に、ちゃんときゅ、求愛もしたしっ。お前も受けただろ! ドラゴンが惚れた女に命かけるのは当然だ」
「え? 求愛?」
「お前、俺の手から食べただろ、飯! それに、お前、俺に負けただろう? だから、お前は俺のものだ。もう、自由にしてやらねえって言っただろ」
ドラゴン流の色々はよく分からないが、私は今、告白されているのだろうか?
「お義姉さまは?」
「あいつは、妹みたいなもんだ。弱っちいから面倒見てた。幸せならそれでいい」
いいのだろうか?
私は、番を手に入れていいの?
欲しくて欲しくて欲しくて。
こんなにも欲しかったものを手に入れていいのだろうか?
「デニス、私の事、好きですの? どうして?」
「優しいし。めしうまいし。可愛いし。ちっちぇえし。馬鹿みたいに強えし。こんな強え女見たことねえ。惚れる要素しかないだろ!! ってかなんだよそれ、通じてなかったのかよっ。だいたい、何とも思ってねえ奴に、逆鱗をやったりしねえ! ……ああ、知らねえのか。ほんとに仲のいい夫婦だけが、逆鱗を交換したりするんだ」
「嘘。ほ、本当に?」
「そう言ってるだろ。ちくしょう、もう一度体に教えてやらねえと、俺のものにはならないってことか? でも、逆鱗やった相手と本気でやれんのか?」
再びのバトルの予感に私はおののいた。
「え? あ、あの、そのドラゴンのやり方は、あまり」
「あ、そうだよな。人間のやり方の方がいいよな。なあ、人間のやり方で体に教えてやりたいときってどうやればいいんだ?」
「……」
私の顔が真っ赤になってしまったのは、私が破廉恥だからではないと思いますの!
それからのことは、割愛する。
デニスが、人間のやり方とやらで、私に色々思い知らせてくれたことなんて、言えるわけないでしょう!
ただ、一つだけ言えるとすれば。
私は、番を手に入れた、世界一幸せな勇者になったのだった。
(Fin)
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シリーズもう一作ありますので、よろしければそちらもどうぞ。
どうせ捨てられないのなら ~最強治癒魔導士の溺愛恋愛攻防戦~ 瀬里 @seri_665
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