第3話 伝説の賢者

「やっぱり気になるっ」


 僕は、あの石像のことが気になり寝られなくなっていた。仕方なくベッドから這い出て部屋を出た。この家はハンナの両親が同じ部屋、ハンナが別室で寝ている。僕は3人を起こさないように気をつけながら家の外に出た。


「少しひんやりしていて気持ちいい」


 詳しい時間はわからないが、夜遅い時間帯なのは間違いなく、夜明かりで照らされている村は寝静まり、誰も出歩いていなかった。僕はそのような状態の家々を見ながら、目的の場所に移動した。



「やはりこの格好は、僕の得意技をしてほしいようにしか見えないなぁ」


 中腰でお尻を突き出すようにしている石像を見て僕は声に出していた。ふだんはいかに相手の隙を突いてカンチョーをするか考えながら行動を起こさなければならないが、この石像はやってくださいと言わんばかりの理想的な形をしていた。


「石像だから、本気で突いたら僕の指を痛めてしまうから、軽く突くだけにしておかなきゃね」


 僕は石像の後ろに回り込み、両手を合わせて人差し指を立てた。


「うりゃっ」


 ブスリ


「おや?」


 相手は石なので、手加減したつもりであったが、人差し指は思いのほか奥に入ったような気がした。


「ふっ、気が済んだ。これで安心して寝られそうだ」


 僕は極秘ミッションを達成して部屋に戻った。気持ちがスッキリしたこともあり、ベッドに潜り込むとすぐに眠りに就くことができた。




「おい、石像はどこに行ったんだ?」

「あんな石像を盗む奴なんているのか?」

「とにかく探すんだ」


 翌朝、外から大きな声が聞こえて僕は目を覚ました。


「外が騒がしいな。何かあったのかな?」


 僕は外の様子が気になり、ベッドから出ることにした。そして手を置いた場所に何やら柔らかくて温かい感触が伝わってきた。


「何だ? この感触はって! どわーっ!」


 僕は思わず叫び声を上げてしまった。


「シゲキ、急に叫び声を上げてどうしたの? って誰この人?」

「朝から騒がしいわね。あら、あら、部屋を好きに使っても良いと言ったけど、シゲキさんはなかなかおませさんね」

「しっ、知らないよ。目が覚めたら隣で寝ていたんだ」


 大きな声に反応して、ハンナとハンナのお母さんが部屋に駆け込んできた。僕の隣には、いつの間にか綺麗な女性が寝ていた。驚いて大きな声を出している状況でも彼女は全く起きる様子がなく、すぅすぅと可愛い寝息をたてていた。


「何じゃ? 騒がしいのう。これでは、ゆっくり眠れないではないか」


 僕たちが騒いでいると、パチリと隣の女性が目を覚ましてムクリと起き上がった。


「取りあえず、朝食にしましょう。話はそのときでいいわね?」


 ハンナのお母さんが、そう提案をして朝食を先に済ませようということになった。




「シゲキ、それでこの女性は誰なの?」

「だから、僕も知らないって」


 朝食を食べながら、ハンナが僕に問い詰めていた。だが、聞きたいのは僕の方で、知らない女性はモグモグとハンナのお母さんが用意したパンを口の中に放り込んでいた。


「久しぶりの食事は最高なのじゃ。馳走になったのじゃ」

「いえいえ、お粗末様です」


 僕とハンナが言い合っている隣で、ハンナのお母さんと謎の女性が言葉を交わしていた。


「取りあえず自己紹介をしておくのじゃ。私の名前はキーカじゃ。これでも賢者様なんじゃぞ」

「すごーい。こんな辺境の村に賢者様が来るなんて信じられない」


 キーカと名乗る女性は自分が賢者だと言った。人を疑うことを知らないハンナは素直に驚いていた。


「僕の名前はシゲキ」

「私はハンナ」

「私はハンナの母よ」


 ハンナのお母さんは自分の名前を名乗らずそう答えた。


「ところで外が騒がしいようだけど、何かあったの?」


 取りあえず全員が名乗った後、僕は外が騒がしいことについて尋ねることにした。


「実は村のシンボル的な存在だった石像がなくなってしまったの」

「えっ?」


 ハンナのお母さんから、外が騒がしい理由について教えて貰った。


「今まで適当に扱われていたのに、なくなった途端にこれだもの。それならもっと大切に扱えば良かったのにね」


 ハンナが呆れた様子で言った。


「実は昨夜、家を抜け出して少し散歩したのだけど、そのときは石像は間違いなくあったよ」

「そうなんですか? そうなると、それ以降に誰かが持っていってしまったと言うことでしょうか」


 僕は昨夜、あの石像を見に行っているので、そのことを話した。


「もしかして、村の広場にあった石像のことを言っておるのかの?」

「そうですね。少し不格好ですが、かなり昔からある村のシンボルなんですよ」


 キーカの問いかけにハンナが答えた。


「不格好で悪かったのう。たまたま用を足そうとしたところで、不覚にも後ろからコカトリスの石化光線を浴びてしまってのぅ。あのままの体勢で長年人々の視線に晒されるのはとても屈辱だったわい。ちなみにコカトリスというのは大きな怪鳥でな、生き物を石化させる厄介な光線を放つのじゃ」

「「「え?」」」


 キーカの言葉に、この場にいた3人は驚きの声を上げた。


「もっ、もしかしてあの石像ってキーカさんだったの?」

「いかにも。詳しくはわからんが、500年くらいあの状態だったのではないかのぅ」


 キーカは考えるそぶりをしてから、僕の質問に答えた。


「これって、村にとってとても重要な話よね。でも信じてくれるかしら?」

「お父さんが帰ったら、相談するしかないね」


 この重要な話をどうするか、ここにいる人たちでは決められず、ハンナのお父さんが戻ってから相談することになった。

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