第2話 村の石像

「助けてくれてありがとう。私を襲っていた魔物は貴方が倒してくれました」

「えっ? あれ? 緑の小人が石に変わってる」


 先ほどまでいた緑色をした小人は、紫色をした綺麗な小さな石に変わっていた。それを女の子は拾い集めた。


「はい、これは貴方の倒した物です」

「あ、ああ、ありがとう」


 僕は紫色をした小石を女の子から訳もわからず受け取った。


「ところで、この石は何?」

「えっ? 魔石ですよ。魔物を倒すと現れるけど、もしかして知らないとか言いませんよね?」

「ごめん、知らない」


 僕は魔石という言葉を初めて聞いたので、当然のことながら知らなかった。


「この森、いえ、この世界には魔物という生き物がいます。それは魔石からできていると言われ、倒すとこのように元の石に戻るそうです。強さによって大きさも異なって、大きい物なら高値で取り引きされています。今回のは弱い部類に入るゴブリンのものなので、店で買い取って貰っても、大きな金額にはならないと思います」


 女の子は僕に魔石の説明をしてくれた。


「ところで、僕は先ほどまで学校にいたはずなんだけど、ここはどこ?」

「ここは辺境の名もなき村の近くにある森ですよ。貴方は変わった格好をしていますね。どこか違うところから来たのかな? あっ、そうでした。私の名前はハンナと言います。もし良かったらお名前を教えていただけませんか?」

「僕は矢野茂樹だよ」

「やーのしげきぃ?」


 女の子と僕はお互いに自己紹介をした。だが、彼女は僕の名前が上手く発音できない様子だった。


「シゲキでいいよ」

「シゲキね。わかったわ。それで学校と言っていたけど、この付近にそのような施設はないよ」

「え?」


 ハンナは僕にそう言った。少し移動はしたが、僕が歩いた距離はそう長くなく、見通しの良い場所なら小学校くらいの大きな建物ならすぐにわかるはずであった。だか彼女の様子を見ると本当に知らないように見えた。


「うーん、もしかして道に迷っている感じかな? 行くところがないのならウチに来る? 助けてくれたお礼もしたいし、帰る方向がわかるまで、ゆっくりしていけばいいよ」

「でも、急に家に行ったら、家族の人が困らない?」

「大丈夫だと思うよ。私の恩人だもの。追い出したりとか絶対にしないよ」

「わかった。それじゃしばらくお世話になるよ」


 僕もこれからどうして良いのかわからず、救いの手を差し伸べてくれたハンナの厚意を受けることにした。


「その前にちょっと待ってね。確かこの辺に……。あったわ」


 ハンナは少し移動して草むらの中をゴソゴソと探し始めた。そして何か入っているカゴを見つけて拾い上げた。


「見つかって良かった。これは今日の夕食で使おうと思って集めていた山菜なの。集めるのに集中しすぎてゴブリンの接近に気が付くのが遅れてしまって、見ての通りの結果になってしまったわ」


 ハンナが持っているカゴは今晩の夕食で使う山菜が入っているらしい。彼女は大事そうにそれを手に持った。


「さて、それじゃ私が住む村に案内するね」


 こうしてハンナの案内で、僕は彼女の住む村に移動することになった。



「ここが私の住む村よ」

「へぇ。何だか不思議な感じ」


 僕は案内された村を見回した。絵本の世界に出てきそうな簡素な平家が建ち並び、街の周りを木でできた柵が覆っていた。


「名前がないくらいの小さな集落だからね。初めて見る人は驚いてしまうかも」

「そっ、そんなことはないよ」


 僕は取り繕うように言ったが、今まで住んでいたところの近代的な建物と比べ、差が大きすぎたことに驚いてしまった。


「何か変な石像が置いてあるね」

「ああ、これ? 一応この村のシンボル的な物なんだよ」


 村の中を歩いていると、中心部分が広場になっていて、その中に変な石像が建っていた。


「私も良くわからないんだけど、数百年前の賢者様の像なんだって。名前も伝わっていないし、どうしてこんな変な格好をしているのか、誰も知らないみたいだよ」

「へぇ」


 その像は成人女性の等身大石像で、お尻を突き出したように中腰になっていて、とても不格好な像であった。服は着けられていないため体のラインはしっかりと強調されていたが、その変な格好から芸術的な物のようには感じられなかった。


「もっときちんとしたポーズなら、観光資源なんかにも使えそうだと村長さんが言っていたけど、こんな不格好ではそれもできないって嘆いていたよ」

「確かにそうかもね」


 観光資源になり損ねた像を見ながら、僕はハンナのつぶやきに答えた。




「シゲキ、こっちだよ。ここが私の家」

「へぇ。周りの家よりも大きいね」


 ハンナに案内された家は、他の家に比べて少し大きかった。


「私のお父さんが昔、王都で大工をしていたから、いろいろと工夫して他の家と違う仕様になっているんだよ」

「へぇ。そうなんだ」


 ハンナは他の家と仕様が違う理由を僕に話してくれた。


「ただいまぁ。お客さんを連れてきた」

「お帰りハンナ。お客さんなんて珍しいわね。入って貰って」

「おじゃまします」


 僕はハンナの案内で彼女の家に入った。すると綺麗なお姉さんが出迎えてくれた。


「もしかして、ハンナのお姉さん?」

「あら、やだわ。大人をからかうモノじゃありませんよ。私はハンナの母よ」

「えっ? お母さん?」


 ハンナのお母さんと名乗る女性はとても若く見えた。始めに僕が思ったようにお姉妹だと言っても納得できるほどであった。


「実はね……」

「あら、そうだったの。娘を助けてくれてありがとうね。シゲキさん」

「うっ、うん」


 僕はハンナのお母さんから礼を言われて照れてしまった。事情を聞き、ハンナのお母さんは快く僕を迎え入れてくれた。



「シゲキさんは滞在中、この部屋を自由に使ってください」

「何から何までありがとうございます」

「いえ、娘の恩人ですもの。これくらいのことはさせてください。では何かあれば声を掛けてくださいね」


 僕はハンナの家の空き部屋に通され、滞在期間中は自由に使用しても良いと言われた。


「寝るところはこれで困らないかな」


 小さな部屋だが、ベッドも置かれていて、寝具も備え付けてあった。ふだんから客間として使用している部屋らしい。荷物と言えばゴブリンという魔物を倒して得た3つの魔石だけであった為、取りあえずベッドの上で横になった。それから夕食をハンナと彼女の両親と一緒に食べてから寝ることにした。



「そう言えば、あの変な像ってアレをするのには絶好の格好だったな」


 外は暗くなり、僕は就寝のためベッドの中に入ったが、いろいろと考えているうちに、この村に来たときに広場に設置されていた像が気になり始めていた。

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