僕はふたつの指先で異世界を渡り歩く

いりよしながせ

第1話 僕の得意技

 ぼくの名前は、矢野茂樹やのしげき。小学4年生。市立○○小学校に通う10才だ。小さな街にある中規模な小学校。今は全校集会の時間で、体育館で校長先生の長い話を聞いているところだ。


「そろそろ終わらないかな」

「もう、立っているのがつらい」

「トイレに行きたい」


 校長先生の話は終わる様子もなく、まだ続きそうだ。それを聞かされていた周りにいるクラスメイト達から不満の声が出始めていた。


「おい、茂樹のアレで校長の話を止めてくれないか?」

「そっ、それは良い考えだ。きっと茂樹のアレなら止められるはずだ」

「茂樹君、お願い。もう、立ち続けるのは疲れたよぉ」


 何とかこの場から離れられないかと、クラスメイト達は考えて、その矛先は僕の方に向いてしまった。僕も正直なところ、校長先生の長い話を聞くのは苦痛と感じていた。だが、このような集まりでアレをするのは、とても悪いことだろうと思っていたので、簡単に行動するのをためらっていた。


「給食のデザートを茂樹にやるから頼むよ」

「それなら、私のもあげる」

「僕も、あげるよ」


 本日の給食で出されるデザートは僕の好きなプリンだ。クラスメイト達から次々に、あげると言われれば、もう断り続けられなかった。


「わかった。校長先生の話を止めてくる」


 僕はそうみんなの前で宣言して、行動に移すことにした。



 全校児童がすべて体育館に集められ、ステージの上でマイクを持って話している校長先生の方を向いていた。その横には教頭先生を始め、多くの先生達が並んでいた。そのような状態で僕はこっそりと児童が整列している列を抜け出して、先生達の後ろを気付かれないように移動した。


「茂樹、行けっ」

「茂樹君もう少しよ」

「ガンバレ茂樹」


 僕が何をするために児童の列を抜け出したのか知っているクラスメイト達は、小声で応援していた。僕もその応援に応えるために頑張らなければならなかった。


「で、あるからして、これからの・・・」


 校長先生はときどき身振り、手振りを交えながら全校児童の前で熱く語っていた。僕は既に校長先生の背後に到着していた。そして位置を定めてその場に腰を落とし、両手を組んで両手の人差し指を立てた。


「いくよぉ、おりゃ!」


 僕はその立てた指を勢い良く校長先生のお尻に突き立てた。


「これからの時代、みんなのこ・・・うぎゃぁ!」


 突然お尻から与えられた刺激に、校長先生は言葉にならないような声を上げた。そして前に倒れ込んで、自分のお尻を押さえたまま、ヒクヒクと動いていた。


「「「ワハハハハ!」」」


 それを見ていた児童達は一斉に大笑いしていた。そう、僕は校長先生に対してカンチョーを行い、長い話を止めたのだった。


「くおぉら、矢野っ! またお前か。さすがに校長先生に対してアレをするとは思わなかったぞ!」

「やべっ、山田だ」


 異変に気が付いた先生達の中で、1番始めに動いたのが山田先生だった。この先生はいわゆる体育会系と呼ばれる男の先生で、体はムキムキのマッチョで、ジャージのズボンにランニングシャツという今時誰もしていないような服装をしている。声も大きく児童からは怖がられていた存在であった。僕はいろいろな人に対してカンチョーをしていて、そのことを先生に告げられると、担任の先生ではなく、この山田先生が出てきて注意をしてきた。ちなみに今の担任の先生は若い女性の先生なのだが、新学期の初日に、得意技をお見舞いして差し上げたのは懐かしい思い出だった。それ以来、担任の先生は僕の顔を見ると、恥ずかしそうな顔をするだけで何も言わなくなってしまった。


「先ほどまでいたはずだが、矢野はどこに行った?」


 山田先生はステージに上がったが、僕の姿を見失っていた。


「甘いな、山田先生。お覚悟っ!」


 僕は、山田先生の背後を取っていた。そして腰を落として得意技の体勢を取り、一気に突き立てた。


「うわぁ、おっ、おのれぇ矢野っ」


 山田先生はお尻を押さえたまま倒れ込んでしまった。そして僕の名前を呼びながら動けなくなっていた。


「「「あははははは」」」


 これも全校児童には大受けだった。大きな笑い声が体育館の中に響き渡った。


「矢野君っ」

「矢野、またお前という奴は」


 他の先生もステージ上の異変に気が付いて、僕を捕まえに出てきた。さすがに多くの先生達を相手に得意技を繰り出すのは無理だと判断して、逃げることにした。


「あばよっ、先生」


 それから僕は追いかけてくる先生から逃げるために、体育館を出て、校舎の方に移動しようと必死に走った。




「あれ? ここはどこ?」


 僕は気が付くと森の中にいた。大きな木々が生い茂り、日差しを遮られているのか、地面に生えている草は少なかった。小学校の校舎も体育館もなく、追いかけてくる先生の姿も見えなかった。僕は何が何だかわからなくなっていた。


「キャー! だっ、誰か助けて!」


 そのとき、どこからともなく女性の悲鳴が聞こえてきた。今は誰でも良いので人に会いたいと言うこともあり、慌てて声のする方向に移動した。



「わっ、私なんて食べても美味しくないです」

「「「ぐへへ」」」


 僕は移動した先で、緑色をした小さな人のような生き物が3匹、僕と同じくらいの年齢と思われる女の子を取り囲んでいた。彼女の髪の色は染めてあるのか原色系の緑色をしていて、服も街では見かけない、茶系のスカートに白のシャツ、そしてその上に赤っぽい羽織物をしていた。


(さすがに相手は3人? いや、匹なのか? とにかく正面から行ってもどうすることもできない。動きを止めるくらいなら得意技でいけるはず)


 僕は、正義感をそれなりに備えていたので、襲われている女の子を助けたいという気持ちであった。だが、相手の方が数が多いため、正面から行っても勝てる気がしなかった。そこで、自分の得意技を使って動きを一瞬だけでも止めて、その隙に彼女を助け出そうと考えついた。


「いやーっ、はなしてっ!」

「うけけけけ」


 緑色をした小人の1匹が女の子の腕を掴んだ。彼女は必死に声を上げて抵抗していた。


(今助けるよ)


 僕は急いで緑色をした小人の内、1番近くにいた者の背後に回り込んだ。


「くらえっ。えいっ」

「ぐぎゃぁ」


 僕は両手を組んでから人差しを立てて、緑色をした小人の尻に目掛けて思いっきり打ち込んだ。その小人は大きな声を上げてその場に倒れ込んだ。僕は他の2匹が動き出す前に、もう1匹の背後に回り込んだ。


「どやっ」

「ふぎゃぁ」


 2発目も見事に決まり、僕の目の前には2匹の緑色をした小人が倒れていた。


「これで最後っ」

「ぶびゃぁ」


 そして最後に女の子の腕を掴んでいた緑色をした小人に対して得意技のカンチョーをお見舞いした。


「だっ、大丈夫? いっ、今のうちに逃げるよ」

「えっ、でっ、でも。少し待ってください」

「え?」


 僕は、3匹の緑色をした小人が行動不能になっている隙に、女の子の手を引いて逃げようとしたが、なぜか女の子はそれを拒否した。

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